「記憶の森を育てる」茂木健一郎著
人間の脳の「記憶」がコンピューターの「メモリー」と異なるのは、それが想起されたときにいきいきとした「経験」を呼び覚ますという点である。著者は大学院生だった頃、小津安二郎の「東京物語」を見て、その舞台である尾道に行きたくてたまらなくなり、尾道に向かった。我々は「時に、自分の生を縛っている動かしがたいもの、避けられない運命の下層を確認したいという衝動にかられる」。その土地に行くことで、その風土とあいまった「記憶」が立ちあがる。尾道という地に立つことで、著者の「東京物語」を見るという行為は初めて完結したのだった。
人間の記憶という不思議なものに向かい合う一冊。(集英社 1700円+税)