「同潤会代官山 アパートメント」三上延著
1927年、結婚して初めて住むことになったアパートの一室で、竹井八重が夫の浴衣を縫いながら物思いにふけっているところから物語は始まる。そもそも八重は10代で一度結婚していたものの夫の悪所通いに耐えられなくなって離縁し、もう二度と結婚することはないと思っていた。
ところが、関東大震災で亡くなった妹の婚約者と悲しさを共有するうち、その婚約者と結婚することになったのだ。本来なら妹が住むはずだったモダンな文化住宅に、八重はなかなか馴染むことができず、夫にも距離を感じ始める……。(「月の沙漠を」)
本書は、日本初の近代集合住宅だった「同潤会アパート」で暮らした家族の物語。プロローグとエピローグの間に、八重が登場する冒頭の「月の沙漠を」を皮切りに、日中戦争中の1937年に八重の娘・恵子が過ごしたクリスマスを描いた「恵みの露」から、阪神・淡路大震災を乗り越えた八重のひ孫が登場する「みんなのおうち」に至るまで、4世代の8つの短編を収録。
心の居場所としての家が形を変えながら、家族の思いと共に引き継がれていく様子が、温かく胸に迫る。
(新潮社 1500円+税)