潜入取材の世界
「VIP」アシュリー・ミアーズ著 松本裕訳
「密」を避ける時代は人間関係も薄くなりがち。しかし取材の世界で一番の「密」は潜入取材だ。
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格差社会で庶民はあえいでいるのに世界中どこにでもいるのがバブルな連中。その世界に“潜入”した著者はボストン大学の准教授だ。
経済社会学の専門家として取材したのが「グローバル・パーティーサーキット」の世界。案内役はニューヨークで高級クラブやレストランの「プロモーター」として引く手あまたの黒人男、ドレ。毎夜、美女のモデルたちをはべらせ、高級レストランで食事してから契約先のクラブやレストランを回って「上質の客」の手引きをする。店は彼に高額の謝礼を渡す。要は金持ち客を連れてくるポン引きだ。
連れ歩く女たちは背が高く、美しいが売れてないプロのモデル。彼女たちに報酬はないが、代わりに豪勢な食事と酒がタダで振る舞われ、あとは世界のVIPとお近づきになれるという特権が得られる。
著者もそういう“女の子”のひとりになってドレの取り巻きになり、身近でこの世界を見聞した。本書はその取材報告。日本でもパリピ(パーティー・ピープル転じてパーリー・ピーポーの略)潜入記なんてありそうだ。
(みすず書房 4400円)
「ゴーイング・ダーク 12の過激主義組織潜入ルポ」ユリア・エブナー著 西川美樹訳
世はなべてデジタル時代。潜入捜査もまずはSNSを使うところから始めるのが現代の常道だ。
著者はロンドンのシンクタンクに勤務する30代初めの調査員で女性。しかし、2年間で5人の違う人間になりすましたという。
ネットで出会う白人至上主義者は30代から下は14歳までいる。いわゆるミレニアル世代だ。打ち合わせはオンラインチャットやスカイプ。対面の戦略会議はAirbnbで予約したどこかの部屋を使う。気ままに各地を飛び回る今時の若者の行動で、昔ならヒッピーだろう。彼らが人種差別団体に入るのはちょっとしたきっかけ。
世界大戦も大恐慌も体験していない、一見豊かだが格差への不満が鬱積しているのが現代の若者世代なのだ。
(左右社 2530円)
「ルポ コロナ禍の移民たち」室橋裕和著
著者はタイに10年間暮らし、いまは帰国して「アジア専門」を名乗るライター。
本書は潜入取材ではないが、著者は新大久保在住で移民コミュニティーのお隣さん。いわば“住みこみ取材”というわけだ。それだけに生活実感にあふれるのが本書の持ち味。
マスク不足の際にテークアウトやマスクの売り出しなどを真っ先に手がけたのが外国人経営の店。チェーン経営のマニュアルばかりが目立つ日本の店とは大違いの人情味ある対応が特徴だ。
取材には名古屋まで足を延ばし、移民が多く暮らす九番団地の生活をルポ。移民の子供たちの学習支援をする夫婦は、オンラインで速度を落として丁寧に指導すれば日本語の上達などにも効果的と語る。小さなエピソードにきめ細かな取材がうかがわれる好ルポルタージュだ。
(明石書店 1760円)