「クジラと話す方法」トム・マスティル著 杉田真訳

公開日: 更新日:

「クジラと話す方法」トム・マスティル著 杉田真訳

 著者は生物学者から映像作家に転じ、人間と自然が出合う物語を専門とする。2015年、カリフォルニア沖でカヤックをこいでいた著者らの前にザトウクジラが出現。クジラは突然ブリーチング(水面上に飛び上がること)して、カヤックの上に落ちてきた。幸い皆無事だったが、あるクジラ専門家は、助かったのはクジラがぶつからないように配慮したからだと言った。

 なぜあのクジラはブリーチングしたのか。自分たちに近寄ってきたのは何かを言いたかったのではないか。その日以来、これらの疑問を追い払うことができなくなった著者は、その真相を究明することにした。

 20世紀初頭、北アメリカ太平洋岸に生息するシャチは地元の捕鯨者たちと協力してクジラ漁を行っていたなど、クジラをはじめとするイルカやシャチの鯨類と人間との不思議なコミュニケーションの記録が世界各地に数多く残されている。また、1970年代にはザトウクジラがその鳴音によって仲間同士でコミュニケーションを取っていることが判明、その美しい「歌」を収めたレコードが評判になった。著者はさまざまな鯨類学者を訪ね歩き、鯨類のコミュニケーション能力の実態を探っていく。

 近年のデジタル技術の発達で膨大な量の鯨類の鳴音の記録が可能となり、AIによってその分析力も飛躍的に増大した。そこで明らかになったのは、想像した以上に歌によるコミュニケーション能力は複雑かつ精密で、人間の言語と同様の機能を果たしているらしいこと。この研究が進んでいけば、近い将来クジラと話せる日が来るかもしれない! しかし、これはあくまでも人間側からの勝手なアプローチで、文化の異なる鯨類の環境世界に土足で踏み込んでいいのかという問題がある。すでに人間は捕鯨と環境汚染によって一部の鯨類を絶滅にまで追い込んでいる。同じ轍を踏んではならないという著者の声は重い。 〈狸〉

(柏書房 2530円)

【連載】本の森

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    永野芽郁“”化けの皮”が剝がれたともっぱらも「業界での評価は下がっていない」とされる理由

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    僕の理想の指導者は岡田彰布さん…「野村監督になんと言われようと絶対に一軍に上げたる!」

  4. 4

    永野芽郁は大河とラジオは先手を打つように辞退したが…今のところ「謹慎」の発表がない理由

  5. 5

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも

  1. 6

    大阪万博「午後11時閉場」検討のトンデモ策に現場職員から悲鳴…終電なくなり長時間労働の恐れも

  2. 7

    威圧的指導に選手反発、脱走者まで…新体操強化本部長パワハラ指導の根源はロシア依存

  3. 8

    ガーシー氏“暴露”…元アイドルらが王族らに買われる闇オーディション「サウジ案件」を業界人語る

  4. 9

    綱とり大の里の変貌ぶりに周囲もビックリ!歴代最速、所要13場所での横綱昇進が見えてきた

  5. 10

    内野聖陽が見せる父親の背中…15年ぶり主演ドラマ「PJ」は《パワハラ》《愛情》《ホームドラマ》の「ちゃんぽん」だ