「町内会」玉野和志氏
「町内会」玉野和志著
昭和生まれなら、幼い頃に町内会の祭りに参加したり、隣家に回覧板を届けたりする手伝いをした経験を持つ世代が少なくない。ところが現在、このような経験がまったくない世代も増えている。
「東京近郊を例に挙げると、多くの地域で町内会への加入率が右肩下がりに低下。三鷹市や国分寺市などもう少し都心寄りでは、すでに2000年代で50%を切っていたという状況です」
それにしても、町内会とは不思議な組織だ。ゴミ集積所の管理や防災活動など暮らしのための重要な役割を担い、全戸加入が原則とされる一方で、加入は任意という矛盾も抱えている。本書では、30年にわたり町内会を研究してきた社会学者の著者が、その歴史をひもときながら町内会再生の手がかりを探っている。
「町内会存続の危機はこれまでにもありました。例えば、第2次世界大戦直後。戦時下の町内会で行われていた金属類の回収や出征兵士の見送りなどがGHQにとがめられ、民主化を阻む『封建遺制』として活動を禁止されました。GHQの政令が失効すると公然と復活したものの、高度経済成長期には都市部近郊で新住民と旧住民の混在が起こり、町内会の運営が危ぶまれる地域も増えました」
本書では、町内会の成り立ちについても詳述している。その原型は、地域の豪農層を行政に協力させることで全国の統治を図った、明治の地方自治制にまで遡る。都市化と産業化が進む大正、昭和初期には、自営商店主を中心とした町内会が行政に参加。1970年代までには、保守系議員と結び付くことで行政を左右するまでになっていったという。
「準行政機関でもないのに行政の下請けのような役割を果たす町内会は、日本近代化の歴史が生んだ世界でも珍しい組織です。しかし、大規模店の進出やグローバル化、担い手の高齢化で衰退段階に入っています」
もはや存続基盤が失われつつある町内会だが、この稀有な仕組みを消滅させてしまうのは惜しい。本書では、未来の町内会像についても展望を示している。例えば、町内会を誰でも参加できる協議の場とし、行政への窓口機能だけを残す。そして、これまで行ってきた具体的な活動はすっぱりとやめる代わりに、それぞれの役割に興味を持つ市民活動団体と連携するのだ。
「祭りは祭り好きの同好会に、ゴミ集積所は環境美化団体に任せる。団体がなければつくったり、業者に委託するのもいいし、そのための補助金をとるスタッフを雇ってもいいでしょう。担い手の負担になるのではなく、楽しみながら参加できるシステムをつくっておけば地域住民のゆるやかな連携につながり、災害時などいざというときの共助にも役立つはずです」
ビジネスパーソンが町内会の活動に参加することで、組織運営などの経験を生かすことができるかもしれない。ただし、町内会に企業の理論をそのまま持ち込むのは要注意だと著者。
「担い手不足の中で会社のようにバリバリやり過ぎるとかえって地域の負担になり、残せる町内会も消滅しかねません。地域のニーズを読みながら、ほどほどに参加できる仕組みをつくることが、これからの町内会には必要です」 (筑摩書房 924円)
▽玉野和志(たまの・かずし) 1960年石川県生まれ。東京都立大学人文学部卒業。東京大学大学院社会学研究科博士課程中退。社会学博士。流通経済大学や東京都立大学を経て、放送大学教養学部社会と産業コース教授。著書に「近代日本の都市化と町内会の成立」などがある。