「駅メロものがたり」藤沢志穂子氏
「駅メロものがたり」藤沢志穂子著
駅のホームで電車の発着時に流れるメロディー「駅メロ」は、イントロクイズのように一瞬しか流れないが、知っている曲であれば、なんとなく幸せな気分になれたりする。
駅メロの発祥は、鉄道が誕生した1872(明治5)年。乗務員向けの太鼓や鐘などの発車合図がその始まりで、1987(昭和62)年の国鉄民営化のころから音楽に変わってきたとされる。
本書は、元全国紙記者で乗り鉄の著者が、全国の駅の中から18の駅メロについて多視点から取材を重ね、曲のエピソードや駅メロ誕生に関わった人々の思いを紹介したものだ。
「学生時代には全国の廃線になりそうな鉄道から風光明媚な鉄道まで乗りましたね。旅には、ウォークマンに好きな曲を編集したカセットを持って。社会人になってからは海外にも」
ちなみに駅メロは海外にはなく、日本独自のものらしい。駅メロに慣れた日本人は、ぼやぼやしていると列車に置いてきぼりにされてしまうから要注意だ。
まもなく夏の甲子園大会が始まるが、大会歌「栄冠は君に輝く」は誰もが知る一曲だろう。著者がこの曲の駅メロを初めて聞いたのは、2016年、東北新幹線の停車駅、福島駅だった。「なぜ甲子園の曲が福島で?」と不思議に思って調べると、作曲の古関裕而が福島出身だと分かった。
「09年から福島の新幹線ホームで駅メロ『栄冠は──』が流れていますが、それ以前は曲は有名だけど、作曲家は知られていないという状況でした。そこで福島青年会議所が古関裕而のことをもっと県内外に知ってもらおうと立ち上がり、JR福島駅に駅メロの採用を働きかけたといいます」
並行して、青年会議所はドラマ化への運動も進めていたという。
「古関裕而と妻・金子との間に交わされたラブレターをベースにした恋愛小説を息子の正裕さんが書き上げていて、それを知った市などから、NHKの朝ドラで取り上げてもらおうという本格的な招致活動が起こり、集めた16万人の署名をNHKに提出。20年の朝ドラ『エール』がそれです」
その後、福島の中心部には古関裕而ストリートや、古関の音楽を車内で流すメロディーバス(市バス)も誕生したそうだ。
一方、同一の曲を同じ地域のJRと私鉄とで駅メロにしているところもある。JR川崎駅と京急川崎駅だ。曲は「上を向いて歩こう」で、歌い手の坂本九は川崎市出身。先行は08年に採用した京急電鉄で、地域を盛り上げようと一般公募をして決めた。JRは、地域住民からの要望を受け16年から運用を開始している。
「妻の柏木由紀子さんは、『駅メロとして聞いた若い人たちが、おばあさんなどに坂本九のことを聞いて知ってもらえたら、歌はつながっていく』と語ってくれました」
駅メロが、鉄道会社の独断ではなく、住民運動の盛り上がりから実現していたとは意外だが、「街を元気にしたいというたくさんの思いが重なってできたものが駅メロなんですね。さらに駅メロ誕生をきっかけに地域の活性化につながるケースも多く、最近では町おこし策として駅メロに注目する地域も増えているんですよ」と著者。
本書ではほかにも、一度却下されながら14年後、1万人の署名で実現したJR茅ケ崎駅のサザンの「希望の轍」、四季によって「赤い鳥小鳥」の音源を変えているJR目白駅、かつて戦艦大和を建造した街、JR呉駅の「宇宙戦艦ヤマト」、大瀧詠一と大谷翔平の出身地のJR水沢江刺駅の「君は天然色」など、現地を訪れたくなる駅メロ物語が満載。駅メロが一味違った音楽に聞こえそうだ。
(交通新聞社 990円)
▽藤沢志穂子(ふじさわ・しほこ) 元全国紙経済記者。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。米コロンビア・ビジネススクール客員研究員、秋田テレビコメンテーターなどを歴任。著書に「釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝」「学習院女子と皇室」など。