「対決」月村了衛氏

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「対決」月村了衛著

 ハードボイルドや冒険小説で読者を魅了してきた著者が、本作で切り込んだのは女性差別。2018年に発覚した医大の不正入試がモチーフになっている。採点過程で女子受験生を一律減点していたあの事件だ。

「どうしてこんな差別がまかり通っていたのかと、当時私も衝撃を受けました。女性差別は若いころから気になっていたので、新しい題材を考えていたとき、そうだ、これでいこう、と。女性2人の対決をそれぞれの視点で書けば面白い作品になると閃いたんです」

 主人公のひとりは檜葉菊乃。日邦新聞社会部記者。夫のDVが原因で離婚し、高校生の娘をひとりで育てている。もうひとりは神林晴海。統和医大理事。経済的理由から医学部進学を諦め、医大の事務局に就職。数少ない女性理事にまでなった。

 菊乃は統和医大の裏口入学を取材するうちに入試差別の噂を耳にする。事実なら大スクープだ。菊乃は独自に取材を始め、証言者を探すうちに晴海に行き当たる。真実を求めて追及の手をゆるめない菊乃と、医大を守るために巧みに攻撃をかわす晴海。2人の間に火花が散る。

「2人の女性はもちろん想像上の人物ですが、徹底的に肉付けをしていきました。どういう家庭環境で育って、どう生きているのか。住んでいるところ、食べているものまで丁寧に書く。それを自分の課題にしました」

 ある夜の菊乃は疲れ切って自宅マンションに帰り、娘が作っておいた野菜たっぷりカレーで遅い夕食を取る。一方の晴海は両親が残した古い家に1人住まいで、庭は草ぼうぼう。お茶漬けとインスタント味噌汁の朝食を取って大学に出勤する。細部がリアルで、2人の息遣いまで聞こえてくる。

 菊乃と晴海の共通点は、男性優位の社会で理不尽な目に遭いながら自分の力で生きていること。娘や後輩ら後に続く女性たちのために闘っていること。本当は同志のはずの2人、なんとか共闘できないものか……。

「2人は最初の出会いからお互いに対する敬意を抱いています。だから単純な勝ち負けの話にはならない。晴海も菊乃も、信念を奪われることなくその後の人生を生きていけるような締めくくりにしようと考えました」

 結末は読んでのお楽しみとして、多様な問題をはらみながら物語は進んでいく。無意識の性差別、家父長制的家族観、組織の裏面、医学界が抱える複雑な問題にまで踏み込んでいく。社会派とエンタメが見事に両立していて、ページをめくる手が止まらない。

「小説を書くことで世の中を変えようと思っているわけではありません。面白い小説を書きたいだけ。自分が本当に思っていることを書いていて、本作もそうですが、最近の作品には社会の理不尽に対する怒りがにじみ出て、パワーアップしてきたかな、と」

 本作は女性読者を意識して書いたそうだが、男性こそ心して読むべし。〈檜葉はよくやったよ。女にしちゃあ〉。登場人物がポロッと口にするそんな一言が、内なる差別を自覚するきっかけになるかもしれない。

 (光文社 1980円)

▽月村了衛(つきむら・りょうえ) 1963年大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部卒。2010年、「機龍警察」で小説家デビュー。12年「機龍警察 自爆条項」で日本SF大賞受賞。以後、吉川英治文学新人賞、大藪春彦賞、日本推理作家協会賞などを次々に受賞。著書に「土漠の花」「欺す衆生」「非弁護人」「脱北航路」「半暮刻」などがある。

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