「大阪 喫茶店クロニクル」田中慶一氏

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「大阪 喫茶店クロニクル」田中慶一氏

 喫茶店が一番多い都道府県は大阪だ。長くトップの座を占め、2021年に6758軒。東京は3位で6121店(2位は愛知)。人口を考え合わせると、東京と比べ物にならないほど大阪が突出しているのはなぜか。その答えがおのずと分かるのが本書だ。

「原稿を書いたり、考え事をしたりするとき、僕にとって喫茶店はないと困る場所なんです。2000年ごろのカフェブームで、雰囲気のことばかり注目されたとき、『主役はコーヒーなのに』と思ったのが、喫茶店の歴史に目を向けるきっかけでした。構想20年、執筆1年の本です(笑)」

 日本初のカフェは、明治後期に東京と大阪でほぼ同時にできた。大阪では、外国人居留地だった川口(現・西区)に誕生した「カフェー・キサラギ」がその嚆矢。周囲に西洋風のホテルやレストランができた中、金持ちでなくとも足を運べる洋風軽食とコーヒーの店だ。画家や作家が集い、文化サロン的様相を見せた。大正期に入ると、その流れを引いた「パウリスタ」と、大型の「パノン」の2軒が、歓楽街の道頓堀にでき、面白い展開となる。

「パウリスタは初の日本人移民団としてブラジルに渡った人が全国に20店以上出店したうちの1店で、上品な純喫茶でしたが、パノンは下世話(笑)。女給の接客メインの、酒も置く大型カフェーとなっていき、同様の店がどっと増えたんです。そして、その手の店が銀座に進出し、東京の新聞に『カフェーは西方より』『銀座を吹巻く大阪エロ』と見出しが躍った。大阪に“コテコテ”のイメージがついたのは、そのときからだと思います」

 折しも、大正後期~昭和初期にかけて、大阪市の人口が東京を抜いて国内1位となり、「大大阪」と呼ばれた時代。勢いづいていたから、純喫茶も多様化が進む。空間や建築に工夫を凝らした高級喫茶が人気を得る一方で、「実質安価、量の店」を標榜する大衆喫茶も大いにはやった。ジョッキでコーヒーを出す店が出現したり、商家の丁稚が仕事の合間に寄って飲み干す光景が見られたり。

「お客さんに喜んでもらうことを念頭に置いた、自由な発想が大阪らしいのでは。お客側も“しゃべってナンボ”の大阪人気質ですから、喫茶店という空間を必要としたのです。戦後は『1年喫茶店をやると、家1軒が建つ』と言われる、粗利8割の商売でもありましたし。同業者が増えて競争が激しくなるにつれ、“突き抜ける”経営者たちが出てきました。インテリアに設備投資をとことん惜しまない店ができ、ワンオペで回していけるカウンターだけのFCもでき……」

 ビジネス街・淀屋橋の名物喫茶だった「MJB珈琲」創業者の言葉を借りると「喫茶店も1つの民衆運動であると思った」。そうした大阪の喫茶店の系譜が描かれ、誰が読んでも興味深いはず。

 最後に「大阪に行ったら訪れるべし、の店は?」と聞いてみた。

「インテリア部門で、キタの『マヅラ』とミナミの『アメリカン』。あと、100年の歴史を刻む瓦町の『平岡珈琲店』と、抽出に1時間以上かける八尾の『ミュンヒ』です」

(淡交社 2200円)

▽田中慶一(たなか・けいいち) 1975年滋賀県生まれ。立命館大学産業社会学部卒業。神戸の編集プロダクションを経て、フリーランスの編集・文筆・校正業に。「神戸とコーヒー」制作担当。著書に「京都 喫茶店クロニクル」。

【連載】著者インタビュー

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