なぜ国も都も無視? 関東大震災が被害想定から消えたワケ
政府の地震調査委員会が宮城県沖地震へ異例の注意を呼びかける中、NHKが「体感再び 首都直下地震」を放送した。30年以内に70%の確率で発生する首都直下地震の脅威を再認識させられたが、想定される巨大地震がなぜ「関東大震災型」でないのか、不思議に思った人もいるだろう。
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NHKが22日夜に放送したのは、2019年12月に8日連続で放送したNHKスペシャルの再編集版。視聴者から再放送のリクエストが多かったためで、最大震度7、死者2・3万人、焼失家屋61万棟の首都直下地震の怖さをまざまざと見せつけられた。
首都直下と聞くと、多くの人は東京23区の真下で起こる地震のことと思うだろうが、実際は19の想定があり、震源は東京、埼玉、千葉、茨城、神奈川、群馬、山梨、静岡の広域にわたる。NHKがモデルにしたのは、マグニチュード(M)7クラスの「都心南部直下」(震源は品川区・大田区)で、内閣府の中央防災会議の被害想定(2013年)だと、直接被害47・4兆円、その後の物流寸断や工場停止などの間接被害47・9兆円の計95・3兆円。実に国家予算の1年分に相当する。
だが、中央防災会議の被害想定から無視され、すっぽり抜け落ちた“巨大地震”がある。
ある程度の年齢の人はピンとくるだろうが、寺田寅彦の「天災は忘れた頃にやってくる」の天災とは、紛れもなく1923年9月1日に発生したM7・9の関東大震災のことだ。
「1000年に1度の東日本大震災を見抜けなかった反省から、内閣府防災担当は『あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波を検討していくべきである』と答申をまとめました。しかし、南海トラフ地震(M9・1)の死者32・3万人(東日本大震災の20倍)、全壊および焼失家屋238・6万棟(同19・5倍)、被害総額169・5兆円(同10倍)の被害想定のインパクトがあまりに強く、その直後に検討された首都圏を襲う地震から、『関東大震災型』の名がすっぽり消えてしまったのです」(防災関係者)
「100年先の出来事」と言うが…
専門家は「関東大震災は100年先の出来事」とその正当性を説明しているが、2016年の熊本地震(M7・0)の発生確率は30年以内に1%未満だったし、1000年に1度の東日本大震災(M9・0)も現実に起きている。
もちろん、最悪クラスの地震が必ずしも起きるわけではないが、聞けばショックを受けるほど酷いことは想像がつく。
■3つが連鎖的に発生
1923年9月1日の関東大震災は、午前11時58分に相模湾海底15キロを震源にしたM7・9の本震が発生し、その3分後にM7・2(東京湾北部)、5分後にM7・3(山梨県東部)の余震が続いた。つまり、先に説明した首都直下地震の19のうち、3つが連続して発生したわけで、死者10万人以上の未曽有の被害をもたらした。
当時の内務省の推定によると、直接被害額は55億円。現在の貨幣価値では約6兆円になる。これだけなら前代未聞ではないが、当時のGNP(国民総生産)に占める割合は35・4%。今なら200兆円規模といったところだろう。もっとも、その後の影響の方が大きい。東京大学大学院の岡崎哲二教授によると、当時の政府は日本銀行に震災手形割引損失補償をすることで4億円の特別融資枠を設けたものの、「非常時だからということもあり、審査基準が緩和され、不健全な手形も一緒に再割引された」という。その結果、何が起きたのかというと、手形の半分が未回収となり、その不良債権を処理する過程で起きたのが、1927年の昭和金融恐慌だったのだ。内務大臣の後藤新平は復興費として30億円(当時の国家予算は13億7000万円)を要求したが、最終的に10億円で決着。地震の3年前に起きた戦後恐慌で財政の余裕がなかったからだ。
もちろん、当時と現代では財政規模もシステムも違うが、コロナ禍の日本の財政状況と似ているような気もする。
■神奈川県だけでも死者3万1550人
国も都も被害想定を出さないのならと、神奈川県が2015年に独自の関東大震災型の想定を公表している。それによると、死者は神奈川県内だけで3万1550人(南海トラフは1740人)、焼失家屋16万9780棟(南海トラフで焼失はゼロ)、直接被害額は48・9兆円(同1・4兆円)。これを単純に東京都に当てはめることはできないが、南海トラフ全体の被害169兆円に匹敵するとみていい。ちなみに、南海トラフの被害額は発生から1年後までしか計算に入れておらず、20年先までの影響を考慮した土木学会の試算では1410兆円というとてつもない金額になる。もし日本の顔である東京が関東大震災に見舞われれば、国際競争力の低下や人口回復の遅れ、海外からの印象悪化、政治的発言権の低下などその影響は計り知れない。
「NHKの番組制作に私も監修として参加しましたが、1回の直下型地震ならいざ知らず、関東大震災型のような複数の地震が重なれば、通常の堤防は破壊される恐れがあります。阪神・淡路大震災では淀川の堤防が液状化の被害を受け、約2キロにわたって最大3メートルの沈下が見られました。東京湾に面した海抜ゼロメートル地帯には176万人が暮らしており、堤防が決壊してしまうと甚大な被害が出ます。熊本地震も1度目は耐えたが、2日後の余震で耐えきれなかった構造物が多くありました」(リバーフロント研究所の土屋信行技術参与)
堤防はもちろん、建設後50年を経過して老朽化したトンネルや橋梁の補修も急務とのことだ。
リーマン・ショックの3年後に東日本大震災が発生したように、悪いことは重なるもの。関東大震災と南海トラフが立て続けに起きる可能性もゼロではない。かつての日本人は災害のたびに立ち上がってきたが、今の年老いた日本人に出来るだろうか。
(取材・文=加藤広栄/日刊ゲンダイ)