東日本大震災から10年 知らないと損する地震保険の落し穴

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受け取れるはずの保険金が支払われない

 東日本大震災から10年。今も4万人を超える避難者がおり、決して過去のものではない。「地震保険」もそうだ。被災直後の混乱した中での不均一な鑑定のため、本来もらえるはずの保険金額を受け取れていない人がいるという。中には再鑑定で70万円が700万円になった人もいる。

「そもそも今の地震保険の制度は50年以上も前に作られたもの。今のような未曽有の事態は想定外のはずです」

 そう訴えるのは、一般社団法人「全国建物損害調査協会」の理事を務める阿藤博祐氏。地震保険の契約者から依頼を受け、損害鑑定の妥当性を再調査する、いわば地震保険のセカンドオピニオンだ。

 その阿藤氏によれば、「東日本大震災以降、本来受け取れるはずの保険金が正当に支払われていないケースが全国で散見されています。阪神・淡路大震災で注目され、加入者が増えた地震保険の支払いが、東日本大震災で一斉に行われたため、それまで見えなかった制度の“ほころび”があらわになったのです」という。

“ほころび”に迫る前に地震保険についておさらいしておこう。住宅や家財に対する保険には「火災保険」があるが、地震や津波、噴火や液状化による損害は補償の対象外。それを補償してくれるのが地震保険だ。

 大きな特徴として、条件や評価額が同じであれば、どの保険会社で加入しても保険料や補償内容は変わらない。そして、損害の程度を「全損」「大半損」「小半損」「一部損」の4段階に分けて(※2017年1月以降の契約)、支払われる保険金を決めている。実はここに落とし穴がある。

「火災保険は、リフォーム業者の修繕見積書を参考にして保険金額を決めるのですが、地震保険の場合は保険会社に委託された鑑定人が損害状況を目視で判断して決めます。つまり鑑定人の経験や主観的判断といったさじ加減ひとつで、鑑定結果が変わる可能性が大きいのです」(阿藤氏)

 例えば、建物の損害が3%以上なら「一部損」となり、保険金額(時価)の5%(1000万円なら50万円)が支払われるが、2%の場合はゼロ。つまり1円も支払われない。しかし、わずか1%の違いを、目視だけで正確に判断できるのだろうか……。

「日本損害保険協会によれば、2018年の北海道胆振東部地震において本震後1カ月間に約3万6000件もの申請がありました。ところが、日本損害鑑定協会が発表している登録鑑定人の数は全国にわずか1000人前後。発災直後の迅速さが求められる現場では1軒にかけられる時間が5分程度になることもしばしばです。したがって、かなり簡易的な作業に終始してしまう可能性をはらんでいるのです」(阿藤氏)

鑑定人によって評価はまちまち

 さらに鑑定人の多くは、鑑定会社を通して保険会社から報酬をもらっている。“第三者”による公平な鑑定というのは表向きで、実際は立派な利害関係者なのだ。だから鑑定結果に100%忖度がないとはとても信じられない。

「北海道胆振東部地震の発災直後1カ月間の約3万6000件の申請を例にとると、75%が支払い対象となりました。しかし、見方によっては残りの25%の家は、地震被害があると居住者・オーナーが感じたにもかかわらず、支払い対象にならなかったともいえるのです。これはあくまで私の推測ですが、その無責判定(編注・保険金なし)を受けた建物のうち6割、5000件余りがミスジャッジ、つまり再鑑定によっては有責判定(編注・保険金あり)に変わる可能性があるとみています」(阿藤氏)

 当然ながら、支払いを受けた4分の3の方でも被害を小さく見積もられて、本来もらえたはずの保険金がもらえていないケースはゼロではないだろう。この状況は10年前の東日本大震災直後も同じ……、いや、被害の大きさからみてそれ以上だろう。そして実際には、被災者心理も大きく鑑定結果に関わってくる。

 仙台市に住む小堺葵さん(仮名・50代女性)は、震災直後の鑑定で保険金額の5%の支払いとなる「一部損」(※2016年以前は全損、半損、一部損の3区分)と鑑定された。

「その時の鑑定人に『本日鑑定したお客さまの中で一番きれいなお家です』と言われ、それが妥当なのかなと思ってしまいました。命に関わるわけでもないし、津波の被害に遭っていない。むしろ忙しいのに、これだけの被害で時間をとらせて申し訳ないという気持ちになりました」

 だが、その後にハウスメーカーの担当者から、同じような被害でも「半損」(保険金額の50%)になっているケースが多いと聞き、保険会社に再鑑定を依頼。しかし結果は「一部損」のまま。疑念を持ちつつも、半ば諦めて時を過ごした。

 そして震災から9年経った2020年4月。たまたまチラシで全国建物損害調査協会を知り、調査を依頼。当時の鑑定資料をもとに再度建物をチェックしてもらったところ、多くの矛盾点が見つかり、「半損が妥当」との判断を得た。そこで再々度、保険会社に申請したが、やはり結果は覆らなかった。

70万円から700万円、なんと10倍に!

「なぜこのヒビ(損害)が採用されないのかといった疑問には一切答えてくれず、そして『そんな遠くから見て何が分かるんですか?』と言いたくなるほどのいい加減な鑑定態度。とても納得がいきませんでした」(小堺さん)

 立ち会った協会の調査員も「明らかにおかしい」と助言。4度目の鑑定を依頼した結果、ついに「半損」の認定を得たのだ。

「4人目の鑑定人は、小さなヒビひとつにも、ペンライトでしっかり見てくれました。それまでの3人は、そんなもの一切使いませんでした」(小堺さん)

 保険金はなんと、70万円から700万円と10倍になった。

 小堺さん宅のように、一見大した被害ではなく住むのにも問題ないが、結果的に半損や全損となるケースは多いという。

 この問題は、あまり明るみに出てこなかったが、2020年11月に東京地裁で大手損保会社の鑑定結果が覆る判決が出たことで注目を集めた。今後再鑑定の機運は高まるだろう。

 注意すべきは、地震保険の支払い申請には「時効」があるということだ。本来の期限は3年だが、東日本大震災や熊本地震は特例で延長されてきた。

「とはいえ、東日本大震災は10年を機に特例を打ち切られるのではといわれています。再鑑定を依頼するなら急ぐべきです」(阿藤氏)

 すでに被害を受けた人だけの話ではない。これから震災に見舞われるかもしれない我々全てに関わる問題だ。

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