「つけびの村 噂が5人を殺したのか?」高橋ユキ著/晶文社/1600円+税
2013年7月に山口県周南市の限界集落で発生した「山口連続殺人放火事件」に迫ったルポだ。40代の時に東京から地元へ戻ってきた男(犯行当時63歳)が近隣住民5人を殺害し、住宅に火を付けた事件である。本書のタイトルは、犯人の男「ワタル」が自宅に「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」と書かれた紙を張っていたことからくる。
著者は何度も現地を訪れ、ワタルとも拘置所での面会や手紙のやりとりをした。だが、いくらワタルの話を聞こうが、生き残った村人の話を聞いても事件の真相がよく分からない。そこで気付くのが副題にもある「噂」だ。
取材をすると噂話だらけで、その噂は妙な尾ひれをつけられ拡散されている。噂をされているのでは? という疑心暗鬼にワタルはさいなまれていく。しかも噂話は事実でないことも多いのだ。本書の主人公は「噂」なのである。
読んでいると、異世界の話のように感じられる。ここは日本なのだろうか……と。しかしながら、今の世の中、同じような人生を送ってきた先進各国の人々には話が分かるかもしれない。たとえば「都会に住むホワイトカラーの営業職」や「農業関係者」などが挙げられよう。
本書にはワタルに関してこんな記述がある。
〈都会で金を貯めて戻ってきた。近代的な一軒家を建てて「村おこし」をしたいなどと言い出す。それも単なる“都会上がり”が都会風を吹かせているだけではない。よりによってあの「盗人の家の息子」が言っている……そんな認識が、集落の村人たちにあったのだ〉
ここで述べられる「盗人」にしても、長年村人の間にあったワタルの父親への認識に過ぎず、「噂」である。本書の登場人物については、都会でメディア関係の仕事をしている私にとってはあまりにも遠い存在だったが、これに似た感覚は、地方都市で講演をした後などに感じることもある。終了後、主催者との打ち上げがあったりするが、必ず「先生の脇に行きなさい」とその場で唯一の若い女性があてがわれ、2次会はクラブを貸し切り慰労会をする。これも私にとっては異空間の出来事であり、違和感を毎度覚える。生活習慣や居住地が異なれば、同じ日本人だとしても分かり合えるわけではないのだ。
また、私は「八つ墓村」などおどろおどろしい話が好きなため、本書を通底する不気味な雰囲気は「大好物登場!」とも感じられた。 ★★半(選者・中川淳一郎)