「民主主義は終わるのか」山口二郎氏
「『桜を見る会』の問題がここまで大きくなるとは、与野党とも予想していなかったでしょうが、嘘に嘘を重ねる、増長した安倍政権のいつものやり方が招いた当然の結果なんです。自民党の歴史を見ても、こんなデタラメをする政権がここまで続くのは異常ですよ。森友問題の時は、権力交代の大きなチャンスだったのに、メディアの力不足と野党の自滅で逃げられてしまった。今度こそチャンスをものにしないと。うんざりしたり、批判するのに疲れてしまっている人も多いでしょうが、希望はあるんですよ」
著者は2015年の安保法制反対運動で市民連合や野党共闘の媒介役となり、現在も立憲デモクラシーの会共同代表を務めるなど、市民の側で活動する政治・行政学者だ。
本書では戦後日本の民主主義が今なぜ危機に瀕しているのかを、長期スパンで分析し、末尾には民主主義を守るための提言を付した。野党立て直し、国会再建、市民レベルの課題など具体的に5つの柱を示す。
「まず一番は投票することなんですけどね。メディアや野党については、批判だけでなくいいものを応援することも大切です。北海道大学に勤めていた頃に始めた『メディアアンビシャス』活動はそのひとつで、いい報道をしたジャーナリストやメディアを勝手に表彰するものですが、一市民が、いい番組や記事を褒めるハガキやメールを送るだけでも随分違います。まともな政治家の街頭演説に拍手するだけだっていい。デモに行くまではしなくても、声を上げる方法はたくさんあります」
先日、大学入試における英語民間試験の導入が見送られた。これは市民が声を上げたことの成功例だと著者は言う。
「普通の高校生や現場の先生たちが声を上げたことで、ギリギリのところで政府を動かすことができたわけです。安保法制の時は、有識者数人がいくら言ったって耳を傾けなかった政治家たちが、市民10万人を前にして『覚醒』するのを、この目で見ました。そして非現実的な理想や半端な目標をうたう政治家は、周縁に追いやられていきました。その後の都議選と総選挙で、野党が自滅してしまったのは非常に残念でしたが、今は過渡期であって、野党も確実に変わってきています」
希望を示す一方で、本書では国民の現状維持志向に警鐘を鳴らしている。現状に「そこそこ満足」していることを示す社会意識調査結果と社会・経済状況のズレを挙げ、日本人の現状認識には「正常性バイアス」(災害時などに、自らに迫る危険を過少評価して対応を取ろうとしない心理傾向)が影響していると指摘する。
「09年ごろまでは、新しい動きに期待しようという意識が社会全体にあって、それが民主党への政権交代につながりました。ところが3・11のカタストロフを経験して以降、生きていくだけで手いっぱい、多くを求めないという雰囲気が強まっている。たまたま経済の小康状態が続いたのも政権にとって幸運だった。大学の学生たちも、大きな不満はない一方で余裕もないから、変化より安定志向です」
正常性バイアスを解くための材料は、本書の前半に満載だ。日本の戦後民主主義の特徴や自民党変質の経緯、野党の現状やポピュリズムの正体などがわかりやすく解説され、現状を読み解くヒントを与えてくれる。
「幅広い世代に向けて書いたつもりですが、やはり経済的・時間的に余裕のない今の若い世代に多くを求めるのは酷です。我々年寄りが、この腐った時代をちゃんと終わらせて、成功事例をつくってあげないと」
(岩波書店 840円+税)
▽やまぐち・じろう 1958年、岡山県生まれ。東京大学法学部卒業。北海道大学法学部教授を経て法政大学法学部教授。専攻は行政学、政治学。「戦後政治の崩壊」「ブレア時代のイギリス」「政権交代とは何だったのか」「内閣制度」など著書多数。