「『姐御』の文化史」伊藤春奈氏
強くてカッコいい女性は日本にも昔からいた。そして、老若男女の人気を集めてきた。それが〈姐御〉である。
「ここ数年、『ワンダーウーマン』など、強い女性を描いた映画や小説が注目を集めていますが、ロールモデルとして挙げられる多くは海外の作品であり、海外の女性たちです。でも日本史が好きな私としては、日本にも強い女性がいたことを伝えたかった。江戸時代の資料を読んでいると〈姐御〉という言葉が出てくるんです。調べていくと、姐御タイプの女性たちが日本でも描かれ、また、実在もしていたことがわかりました」
本書は幕末から近代のフィクションと史実をもとに、誰もが知る任侠映画のあの姐御から、知られざる姐御までを紹介する。
さらに、姐御たちが生きた時代背景や社会情勢をひもとき、女性像の変化を探っていく。
「そもそも〈姐御〉は、江戸時代に、博徒の親分や火消しの妻に使われ出しました。子分たちが親分の妻を〈ねえさん〉と呼んで敬っていたのです」
そうした歴史を踏まえた上で、著者は姐御を独自に定義する。そのひとつが、正当な怒りの言葉である「啖呵」を武器に闘う人。姐御の最大の魅力は言葉なのだ。
「映画『忠治旅日記』で描かれた幕末博徒・国定忠治一家の姐御・お品には、実在のモデルがいます。忠治の愛人だった菊池徳ですが、徳は強烈な姐御でした。忠治をかくまった幇助の罪で捕われた時、『忠治の妾か』と役人に問われて、『妾になったことはないが、忠治を妾にしたことはある』と。権力を向こうに回して、自分の思ったことをはっきりと言う。なかなかできないことをやってのけるからこそ、人々は彼女たちに惹かれてきたのだと思います」
姐御の強さはまた、経済力に支えられていた。群馬に生まれた徳は、養蚕で得た資金で金融業を始めている。あるいは勝新太郎主演の人気シリーズ「悪名」に唯一実名で登場する「因島の女親分」こと麻生イトもまた強烈な姐御で、彼女は造船の下請け業を立ち上げ、数百人の子分を抱える起業家だった。
「昔も今も変わらないと思います。自由にできるお金があれば、女性は自由になれる。一方で、どんなに働いても女性は男性の6割しかもらえない、と賃金格差を嘆く場面が昭和27年に書かれた『花と龍』(火野葦平著)に出てきたりして、それもまた変わらないんだなと思わされますが」
本書に登場するのは恋を貫いた花魁・揚巻、清水次郎長の3代目お蝶、ドテラ婆さんこと島村ギン、映画「緋牡丹博徒」のスター姐御・お竜、そして満州へ渡った「馬賊芸者」……。姐御たちの痛快な人生は、読む者をスカッとさせ、勇気づける。と同時に、彼女たちを見ようとしてこなかった、見る側の視点の問題を突きつけてもくる。
「日本史は主に男性の視点で語られてきたこともあり、女性の歴史が引き継がれてこなかったり、見過ごされてきました。だからこそ私は女性の歴史をフェミニズムの視点から見直したいと思っているんです。今回、姐御をキーワードに見直すと、新たな発見がありました。例えば『緋牡丹博徒』シリーズには、女性たちが連帯するシスターフッドや、現代の#MeToo運動に通ずるやりとりが出てきます。昔の映画界は男性社会でしたが、そういう視点を持った男性もいたということです」
今後、女性の手による姐御物語も増えていってほしいと語る著者。
「この本にネタがたくさんありますから、使っていただきたいです(笑い)」
(DU BOOKS 2200円+税)
▽いとう・はるな 立命館大学産業社会学部を卒業後、出版社、編集プロダクションに勤務。雑誌やムック、書籍などの編集を担当する。2006年からフリーランスの編集者・ライターに。幕末史や女性史を中心テーマに活動。著書に「真説! 幕末キャラクター読本」「幕末ハードボイルド」など。