「Cabin Porn Inside 小屋のなかへ」ザック・クライン編
周囲に人の気配を感じない深い森の中の小屋で、誰にも気兼ねすることなく趣味に没頭したり、読書にふけったり、またはあえて何もしない、そんなぜいたくな時間を過ごすなど仕事に追われる現代人にとっては夢のまた夢かもしれない。しかし、そんな暮らしを実現している人たちが意外にも多くいるのだ。
家づくりの参考にしようと編者が立ち上げたオンラインコミュニティーは、1000万人以上の熱烈なファンを魅了するまでに成長し、世界中から2万軒以上の小屋が投稿された。本書は、その中からとっておきの小屋を取り上げ、その小屋にまつわるストーリーとともに紹介するビジュアルブック。
カメラマンのスチュアートが家族や仲間と建てたイギリス「コーンウォール地方の小屋」は、牧草地と森が広がるリザード半島の海岸線に立つ。妻のアンナと子育てに理想的な場所を探してたどり着いたこの地で3ヘクタールの土地を購入した当初は、1865年製のビクトリア朝時代の木製車両を購入して住んでいたが、子供が増え、大きな家が必要になり新たな小屋をセルフビルド。近くの丘から切り出した木を使い、海岸から集めてきた16個の花こう岩を基礎にした小屋の屋根には、牧草地からとってきた草が生える。外から見られぬよう工夫が施されたガラス張りのバスルームなど、自然とつながっている感覚を残すことに配慮した小屋は、スピリチュアルな恵みを与えてくれるという。
ほかにも、かつて山火事を見張るためにレンジャーらが利用していた歴史的建造物の「ファイヤー・ルックアウト」を宿泊施設に改造した「火の見櫓の小屋」(アメリカ・アイダホ州)や、恋人の母国のノルウェーの森にかねて夢想していたバードウオッチング用の小屋をつくったイングランド人の「巨大な鳥の巣箱」、ミシシッピ川やハドソン川など北米のさまざまな川を4200キロも川下りをした「ボートに乗った掘っ立て小屋」など、85物件を網羅する。
日本の小屋も登場する。中村直弘氏が建てた北海道長沼町の「人生を変える小屋」だ。東京でシステムエンジニアとして働いていた氏は、「働くために生きている」と感じ、人生の方向転換をすべく、生まれ故郷に戻り、修業して大工になり、キャリアを積んで建築事務所を設立。ネットで探した人口1万1000人の長沼町に築40年の家を借り、敷地に10平方メートルの小屋を建てる。オフィス、クライアントに見せるプロトタイプ、ゲストハウス、そして映画観賞や読書の空間としても活用する小屋は、氏の理想の生活を表現するシステムを促進する一部分だという。
そして、この生活を車に乗りながらでも可能にするために製作した「トラックに乗った小屋」も登場する。
すべての小屋は、各人のライフスタイルの結晶であり表現そのもの。ミニマリズムにも通じるシンプルさと、自然に抱かれるような暮らしには彼らの生きる哲学が反映されている。
小屋を建ててみたいという人はもちろん、家づくりや部屋の改装などのアイデアも得られるお薦め本だ。
(グラフィック社 2900円+税)