「日本の美しい幻想風景」写真:日本風景写真家協会
通勤途中の車窓からの風景や自宅近くの公園など、日常の見飽きている景色も、天候や時間帯など、さまざまな条件が揃うと初めて見るかのように感動的な光景となることがたまにある。日常の風景でさえこうなのに、ただでさえ美しい風景がさらなる好条件に恵まれたらどうなるのか。
答えは本書の中にある。プロ写真家が撮影した幻想的な風景写真を編んだ作品集だ。
例えば、春はネモフィラのブルー、秋はコキアのピンクに染まる国営ひたち海浜公園の丘。シーズンともなると、押し寄せた観光客がその美しさに感嘆するシーンを、ニュースなどでたびたび見かける。本書にはネモフィラの花で覆いつくされた4月の丘の写真が収録されているのだが、そこには来場者の姿はなく、やわらかい陽光に照らされ丘は一面のブルーに輝き、その稜線はやわらかい春の青空に溶け込んで一体化している。撮影者の坂井田富三さんによると、「一番乗りで丘にたどり着いた者へのご褒美の世界」だという。
五島健司氏は、ある年の4月、桜とツツジの名所である岡山県高梁市の弥高山公園で、園内でもひときわ存在感を放つ山桜の撮影に挑んでいた。初日、2日目と濃霧とみぞれに阻まれ、思うような撮影ができなかったが、3日目の早朝、雪化粧した満開の桜の大木と、遠くシルエットとなった山並みから昇る朝日がつくり出す絶景をカメラに収めることに成功する。
他にも、ダムの完成で水没して白骨化した樹木が青い水面にその姿を現した風景がまるで抽象絵画のような「湯西川湖の水没林」(栃木県日光市)や、限りなく透明度が高い神社の池の睡蓮と鯉が巨匠の描いた「睡蓮」を彷彿とさせるところからそう呼ばれる「モネの池」(岐阜県関市)、何もかもが凍り付く厳冬を前に、その準備を整えた森が水面に映る幽玄な世界を撮影した「初冬のオンネトー」(北海道足寄郡足寄町)など、人の存在がみじんも感じられない、ファンタジーの世界にでも紛れ込んでしまったかのような錯覚を覚える75景を収録する。
幻想風景は、深山や景勝地など人里離れた場所だけに現れるものではない。珍しく、都心に大雪が降った日の早朝、まだ誰も足を踏み入れていない雪原と化した皇居前広場から朝日に輝く丸の内のビル群を捉えた作品などもある。
自然の妙が見せてくれる風景は、好天の時ばかりではない。「肱川あらし 風速20mの世界」(愛媛県大洲市)は、晩秋の深夜、肱川河口から約20キロ上流の大洲盆地で発生、滞留した雲海が肱川を下り河口から伊予灘へと一気に流れ出る現象を撮影した一枚だ。特に大潮の明け方、伊予灘に沈む満月に向かう「肱川あらし」はワンシーズンに1度現れるかどうかの「超幻想現象」で、世界3大自然現象のひとつとして注目されているそうだ。
計算し尽くされた構図と、千載一遇のシャッターチャンス、そして絶好の気象条件と、どれひとつ欠けても生まれてはこなかった「神品」写真に感嘆。
(パイインターナショナル 2400円+税)