「ユネスコ 世界の無形文化遺産」マッシモ・チェンティーニ編著 岡本千晶訳
ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)は、世界各地で失われつつある伝統や文化を保護して次世代に伝えていくため、2003年に無形文化遺産保護条約を採択。その対象は、口承による伝統・表現から芸能、儀式や祭礼行事、伝統工芸技術など多岐にわたり、これまでに122カ国500件以上が登録されている。
本書は、その中から厳選した各国の無形文化遺産を写真と解説で紹介する豪華本。
例えば「祭り」。日本でも担い手不足から地域の特色ある祭りの多くが存続の危機にあると耳にするが、はるか昔から繰り返し続けられてきた祭りには、その土地の習慣や文化、そして歴史が凝縮している。
大工の守護聖人サン・ホセをたたえるスペインの「バレンシアの火祭り」は、ニノットと呼ばれる人形や寓意的なテーマを表現した巨大な張り子人形が町のあちらこちらに出現。爆竹がさく裂する中、人々は浮かれ騒ぐが、これは冬の最後の寒さ、広い意味では死の恐怖を追い払うための人生への賛美だという。1年がかりで制作されるニノットは、かつて恥ずべき所業を犯した人物を非難する目的で人形を家の窓に吊るした習慣が受け継がれたものだという。そして祭りのクライマックス、ニノットはかがり火に入れられて、すべて燃やされる。
同じスペインの祭りでも、カタルーニャではがらりと趣が異なる。偶数年の10月、円形競技場に同じ装束の人々が集まり、最高で9段もの「人間の塔」を築くのだ。古代ローマ人がもたらしたなど、その起源にはさまざまな説があるが、最も説得力があるのは古代の踊りだという。
人口大国インドでは、祭りのスケールもケタ違いになる。「クンブ・メーラ(聖なる水がめの祭り)」は周期的に行われる浄化の儀式で、数百万人ものヒンズー教徒が聖なる川が流れる都市に集まり、沐浴。12年に1度行われる「マハ(偉大な)・クンブ・メーラ」ともなると参加者も最大に膨れ上がり、前回2013年はガンジス川とヤムナー川、そして神話上の川サラスバティーの合流点のほとりに、8000万人から1億人もの巡礼者が集まったという。
他にもインカ帝国の時代から続くペルーの吊り橋「ケスワチャカ橋の毎年の架け替えに関連した技術と儀式」やベルギーのオストダンケルクで営まれる珍しい「馬で行う小エビ漁」をはじめ、アフリカ・マダガスカルの「ザフィマニリの木彫知識」やフランスの「アランソンのレース編みの工芸技術」などの手仕事や、アルメニアの伝統的なパンの調理「ラヴァシュ」など、普段は目にすることができない職人の仕事場まで、57件の登録無形文化遺産を紹介。
日本の数ある無形文化遺産から取り上げられたのは「歌舞伎」と「和紙」に加え、日本人でもその詳細を知っている人は少ないと思われる新潟の「小千谷縮・越後上布」。
世界の文化と歴史の多様性を知るには絶好のテキストで、まさに紙上博物館ともいうべきおすすめ本だ。
(原書房 5800円+税)