改めて振り返る戦争本特集
「避けられた戦争」油井大三郎著
第2次世界大戦の終戦から75年。戦没者に誓った「過ちは二度と繰り返しませんから」という約束は、果たして守られているのか。今回は、戦争を回避する道、戦争下の科学者、英語圏文学から考察した戦争、法から見た戦争、敗戦史としての日ソ戦争の5つの戦争本をご紹介!
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1920年代、国際連盟の常任理事国だった日本は平和をリードする国だったが、30年代に満州事変を経て日米開戦へと突入した。戦争への分岐点はどこにあったのか。本書は、国際連盟重視の国際派と自国中心主義の民族派の対立を軸に、その争点をひもときながら戦争回避の道を探る。
回避のチャンスは2度あった。1度目は、英米が中国との不平等条約の是正に応じたときで、日本も同様に転換していれば満州事変への流れはできなかった。2度目は新関税協定締結のときで、ここで新外交時代の政策を取れていたら戦争は起こりようがなかった。しかしこれらを選択するには、日本の民主政治は未熟過ぎた。
著者は学校教育での世界史と日本史の乖離などの問題を指摘しつつ、脱近代的な歴史認識の構築の必要性を訴えている。
(筑摩書房 940円+税)
「日ソ戦争 1945年8月」富田武著
今まで太平洋戦争は多く分析されてきたが、日ソ戦争はあまり研究が進んでいない。背景には、公文書が長年、機密扱いされたこと、ソ連参戦が敗戦の決定打だと日本が認めたがらないこと、抑留問題や領土問題との関連などがある。
シベリア抑留について研究してきた著者は、抑留の原因となった日ソ戦争を掘り下げることを決意する。折しも、去年9月に日ソ戦争の作戦文書が機密解除され、多くの文書が公開され始めた。
そうした文書をもとに、本書は戦争前史から満州への侵攻、戦後の賠償問題に至るまで、その実情を解説。
日ソの圧倒的な戦力の差や、棄民された開拓団員の実情、日本が「兵士は訓練されているが、上級指揮官が資質と能力に欠け紋切り型の行動をとる」と分析されていたことなどが明かされている。
(みすず書房 3800円+税)
「アインシュタインの戦争」マシュー・スタンレー著 水谷淳訳
第1次世界大戦中の1914~18年、アインシュタイン(写真)は生涯で最も多くの論文を書いた。戦火とスペイン風邪に阻まれ、相対性理論は完成してから世界に認知されるまでに4年の年月を要している。
本書はアインシュタインが戦時下で相対性理論を構築した経緯と、そのとき敵国にいながら理論の普及に一役買った英国王立天文学会会長、アーサー・スタンレー・エディントンらとの関わりを追う。
ドイツの軍隊式教育になじめず、戦争反対を訴えて孤立していたアインシュタインの協力を求める声は、敵国だった英国にいるエディントンの元へ届いた。英国科学界に君臨するニュートン理論からの脱却と平和主義を掲げるエディントンは敵味方の垣根を越えてその理論に着目し、その価値を自国で説いて回った。
政治と決して無関係ではいられない、科学者のあり方について考えさせられる。
(新潮社 3800円+税)
「百年の記憶と未来への松明(トーチ)」霜鳥慶邦著
第1次世界大戦から100年が経過した今、前世紀の戦いの歴史は傲慢で独善的なごまかしで適当に処理された揚げ句、再び亡霊のように世界に回帰してきているのではないか。本書は、英語圏の文学作品に残された大戦の記憶を一つ一つ拾いながら、人種・宗教・言語を超えた人類の100年の記憶を呼び起こし、未来へどう語り継いでいくかを問いかける。
印象的なのは、2009年に111歳で他界した第1次世界大戦時のイギリス陸軍兵士、ハリー・パッチの物語と、その死後に追悼のために書かれたキャロル・アン・ダフィの創作詩「ラスト・ポスト」だ。戦争を過去のものとして処理したがる風潮に対して、文学がどのような役割を果たすことができるのか、さらにこれからの世紀に残すべき記憶とは何か、自問させられる。
(松柏社 3800円+税)
「戦争と法」長谷部恭男著
戦争の攻撃目標は何かと問われれば敵国の日常生活だと考えがちだが、ルソーは目標は相手国家の社会契約、つまり憲法の基本原理だと述べている。国家の約束事の屋台骨には、憲法があった。本書は、スペインの無敵艦隊の遠征、フランス革命、フォークランド紛争、朝鮮戦争や核兵器の使用など、戦争の歴史を遡りながら、法律と戦争の深い関係性を描く。
第1章では、国際法の視点から見た憲法9条を取り上げる。日本が武力行使を受けた際に個別的自衛権の行使が可能と解釈されていたものを、安倍政権が理由も範囲も説明せずに集団的自衛権にすり替えたことに触れ、元来9条は限定された正戦論を意味していたことを解説。
複雑な問題を複雑なまま理解せず、安易に改憲の是非を持ち出すことの危険性を指摘している。
(文藝春秋 1600円+税)