怪しげな小道具が魅力の文庫ミステリー特集
「カクレカラクリ」森博嗣著
ミステリーではシチュエーションや小道具が重要である。120年前に仕掛けられたからくり、どこにもつながっていない電話……、そんな怪しげなものが人の心を惑わしたり野望を増幅したりする。そんなものが目の前にあったとしたら?
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大学生の郡司と栗城は、同級生の真知花梨の故郷、鈴鳴を訪れた。そこには、からくり師として知られる礒貝家があり、村のどこかに仕掛けられてから120年後に動き出す隠れからくりが仕掛けられているという言い伝えがある。そして今年がその年に当たるという。
3人が、女性が入ると落盤事故が起きるといわれているトンネルに入ると、足元の岩が動き、移動させると小さな木の扉が現れた。シリンダー型の数字錠がかかっていたが、子どもの頃に開けた経験のある栗城が5分ほどで開けた。中に入って少しすると誰かが外から扉を閉め、閉じ込められてしまう。暗闇の中で花梨が言い伝えを詳しく話していると、誰かが走る音がする。気づくと扉が少し開いていた。
奇妙な記号が書かれた石碑に導かれて、仕掛けからくりを探す大学生の、青春ミステリー。
(講談社 740円+税)
「あの日、君は何をした」まさきとしか著
午前4時12分、居間の電話が鳴った。警察からの電話で、「水野大樹君はそちらにいらっしゃいますか?」と尋ねる。大樹の自転車に乗った男性が事故に遭ったという。
いづみは大樹のベッドの布団をめくった。抜け殻のようなジャージーがあるだけだった。女性連続殺人の容疑者を追っていた警察が自転車に乗っていた大樹に職務質問をしたら逃げ出して、駐車中のトラックに激突したのだ。
第1志望の高校に合格したばかりなのに。葬儀が済み、焼香に来た剣道部の顧問に、昨夏に引退してから大樹は一度も部活に出なかったと聞いて、いづみはショックを受ける。「今日も夜練だから遅くなるよ」と言っていたのに。チョコレートケーキが大好きだったあの大樹は、深夜に何をしていたのか。15年後、戦慄の事実が明らかになる。
息子を溺愛する母親の心の闇を描く。
(小学館 720円+税)
「婚活中毒」秋吉理香子著
電機メーカーでロボットの開発をしている後藤恵美は、人気婚活番組「ミッション縁結び」に応募した。事前の紹介で舘尾典彦が画面に現れたとき、心をわしづかみにされたのだ。恵美は過去の放映を見て、カップル成立率の高かった女子の行動や会話パターンを分析し、典彦のプロフィルとともにデータ化して対策を立てた。ライバルは12人。なんとかお宅訪問まで進んで母親に取り入り、おいの友則には自作のロボット、ターボくんをあげて味方につけた。
だが、典彦が選んだのは13人の候補に入っていなかった予想外の女性。それでも恵美はあきらめない。モバイルPCを起動させると、画面に典彦の自宅のリビングが映った。実はターボくんに超小型高感度カメラを仕込んでおいたのだ。
婚活をめぐるミステリー4編。
(実業之日本社 650円+税)
「恍惚病棟」山田正紀著
心理学専攻の平野美穂は、聖テレサ医大病院精神神経科の老人性痴呆症患者のいる病棟でアルバイトしている。コミュニケーションを図るために、テーブルにおもちゃの電話を4個置いた。どこにもつながっていないのだが、老人たちはとっくに亡くなった夫や友人と楽しそうに電話で話している。
ある日、患者の伊藤道子がいなくなった。美穂が捜しに行くと、駐車場に倒れていた。道子は病院に運ばれて20分後に息を引き取った。その後、老人たちが不可解な事故にまきこまれて次々に死亡する。老人たちが、死んだ人から電話がかかってくると思っていることを美穂は不審に思った。これは事故ではなく、殺人事件かもしれない。やがて、病院の精神神経科の教授が、バーチャルリアリティーの概念を取り入れた治療を進めていたことが発覚する。
背筋が寒くなる医療ミステリー。
(祥伝社 760円+税)
「雪旅籠」戸田義長著
北町奉行所定町廻り同心の戸田惣左衛門の元に、今村右馬助の姉、美輪が駆け込んできた。安政7年3月3日朝、桜田門外で彦根藩主井伊直弼が暗殺されたが、右馬助に暗殺者の一人だという疑いがかけられているので助けてほしいと訴える。
右馬助は供侍として直弼の駕籠を守っていたのだが、背後から斬りつけられて昏倒した。人事不省状態から目覚めたとき、目付の鈴木新左衛門に思いもかけぬ言葉を投げつけられた。
「殿を短銃で撃ったのはお主だな」
直弼は首を切られる前に、銃で撃たれて致命傷を負っていた。駕籠の外から撃ったのなら穴があるはずだが、それがない。駕籠の引き戸を開けて銃を撃つことができたのは右馬助だけだというのだ。(「逃げ水」)
ほかに、雪に降り込められた旅籠での密室殺人など、8編の時代小説ミステリー。
(東京創元社 820円+税)