動物がテーマの文庫本特集
「猫の傀儡(くぐつ)」西條奈加著
長い梅雨が明けた途端の猛暑に、脳みそも溶けだしそうだ。おまけにコロナ禍で帰省もままならず、持て余した時間の読書に最適なのは、素直に楽しめる動物ものに限る。ということで今週は、動物を主人公、またはテーマにした小説やエッセーなど5作品を集めてみた。
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深夜、「オレ」は集まった仲間の前で、頭領から1カ月前に消えた順松に代わる新たな傀儡師に任命される。「ミスジ」と呼ばれるオレは、2歳のオス猫。人間を使い、操り、猫のために働かせるのが傀儡師だ。
就任早々、履物屋のキジから初仕事が舞い込む。キジが銅物問屋の塀を歩いていたら、恐ろしい音がして問屋の主人が丹精して育てた庭の朝顔の鉢が棚から落ちた。キジが犯人だと決めつけた主人は、飼い主の履物屋に100両もの弁償金を要求しているという。朝顔は珍しい変わり種だったらしい。オレはキジの無実の罪を晴らすため、引き札をエサに、売れない狂言作者の阿次郎を銅物問屋の路地に誘い込む。
野良猫のミスジが阿次郎を操り、江戸の猫社会のトラブルを解決していく連作時代ミステリー。
(光文社 660円+税)
「人魚の石」田辺青蛙著
「私」は、山寺を継ぐために戻ってきた。人里離れた山寺は、住職だった祖父亡き後、祖母が守り続けてきたが、その祖母も亡くなり、荒れ放題だった。私と兄は幼い頃、祖父母に預けられ、この寺で育ったのだ。
寺の手入れをしていたある日、庭の池の水を抜くと、全裸の男が横たわっていた。男は昔、祖父に釣られて寺で飼われていた人魚だと名乗る。中年の男の姿をしている人魚は、幼い頃に私と遊んだこともあるらしい。さらに彼の話では、この山には幽霊石など、この家の血を引く人間だけが見つけることができる、不思議な力が宿るさまざまな石が眠っているという。
うお太郎と名付けられた自称人魚と若き住職の奇態な同居生活が、やがて天狗の登場により更なる異質な世界へと迷い込んでいく奇想小説。
(徳間書店 690円+税)
「スピンクの笑顔」町田康著
町田家の愛犬でスタンダードプードルのスピンクの視点で語られる大人気エッセーの最終巻。
小説家の主人「ポチ」と妻の美微さん、そしてキューティーやシードなどの犬仲間や猫たちと山奥の家で暮らすスピンク。春の庭を眺めながら、死について思いを巡らしていると、ソファで居眠りしていたポチが目覚めた。半覚醒状態のポチとは普段以上にダイレクトに会話ができるので、夢でも見たのかと問いかけると、彼も夢の中で死について考えていたという。
その他、泥酔してウエディングドレスを着て帰宅したポチが禁酒を決意する顛末や、お出かけ先で飛び入り参加した「待てコンテスト」など、ポチとの濃密な日々を語る。そして終章、キューティーの口から10歳で急逝したスピンクについて語られる。
(講談社 900円+税)
「絆 走れ奇跡の子馬」島田明宏著
2010年夏、大学生の拓馬は、父が営む牧場で飼育する「シロ」に乗り、1000年以上続く故郷の祭り「相馬野馬追」に参加。昨秋、競走馬生活を終え、繁殖牝馬として牧場に戻ってきたシロは、拓馬がこれまで感じたことがない抜群の走りを見せてくれた。
祭りを終え、故郷への思いを新たにした拓馬は内定を断り、父の牧場を継ぐ決心を固める。翌年の3月11日、大震災が発生。出先から拓馬が慌てて戻ると、牧場は津波に襲われ、変わり果てていた。呆然とする拓馬は放牧地にできた潮だまりの中で何かが動くのに気づく。シロだった。そのままシロは産気づき無事に出産するが、力尽きて死んでしまう。
零細牧場出身のシロの息子・リヤンドノールが、拓馬や南相馬の思いを背負い日本ダービーに挑む姿を描く感動長編。
(集英社 680円+税)
「コックファイター」チャールズ・ウィルフォード著 齋藤浩太訳
プロ闘鶏家のフランクは、鍛え上げた闘鶏を伴って各地を転戦。しかし、フロリダのホームステッドの闘鶏場で負けが続き、残りは虎の子のサンドスパーだけになってしまった。起死回生を懸け、宿敵バークのリトル・デイヴィッドと戦わせるためにベルグレードまで移動。この一戦に勝てば、サンドスパーの価値は倍になり、念願の南部連盟選手権大会優勝のチャンスも広がる。フランクは、大会の優勝メダルを手にするまで誰とも口を利かない沈黙の誓いを立てている。オッズを上げるためサンドスパーのくちばしに細工をして戦いに臨むが、あえなく敗北。フランクは有り金すべてに、移動用の車とトレーラーハウスまで失ってしまう。
1960年代のアメリカ南部を舞台に、闘鶏の世界をリアルに描いた異色ノワール。
(扶桑社 1050円+税)