悪態から言い訳まで 文豪たちの素顔に迫る本特集
「文豪と借金」「文豪と借金」編集部編
和服を粋に着こなしたたたずまいや、憂いを帯びたまなざし、威厳に満ちた口ひげなど、写真を見る限りは立派そうに見える文豪たちも、一皮むけば私たちと同じ人間。その人生でさまざまなことをしでかしたり、やらかしたりしている。そんな文豪たちの素顔に迫る本を特集。読後はこれまで食わず嫌いだった彼らの作品を手に取ってみたくなるかも。
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太宰治がある人物に送った無心状では「唐突で冷汗したたる思いでございますが、二十円、今月中にお貸し下さいまし。(中略)私を信じてください。一日はやければ、はやいほど、助かります」「ふざけたことに使うお金ではございません。たのみます」と訴える。その後も、お金が届くまで太宰は同氏に「私の、いのちのためにおねがいしたいので、ございます」と何度も一方的に手紙を送りつける。
他にも「金が欲しい 食える丈の金が欲しい」と切々と日記に記す山本周五郎や、借金を一挙に返したい衝動に駆られたが「その日もまた一文もないので 借金を背負ったまま 借りに出かけた」という山之口貘の詩など。開き直ったり、泣きついたり……。石川啄木から吉行淳之介まで文豪59人たちの借金をめぐるエピソードを収録。
(方丈社 1400円+税)
「文豪春秋」ドリヤス工場著
作家で、雑誌「文藝春秋」を創刊した菊池寛を案内役にして、文豪たちの知られざるエピソードを紹介するコミック。
昭和21年に「堕落論」や「白痴」などの作品で人気作家の仲間入りをした坂口安吾は、友人だった太宰治の自死を機に精神状態が不安定になり、薬物を大量に服用して幻聴や幻視を生じて入院。被害妄想から転居を繰り返し、檀一雄の家に居候していたときには、近所の店からカレーライスを100人前届けさせるなどの奇行を繰り返したという。
その他、カフェで働く13歳の少女のことを生涯思い続けた川端康成や、兄の娘に子供を産ませてしまった島崎藤村など。明治から昭和にかけて活躍した三十余人の文豪たちの驚くべき私生活を暴露。知れば知るほど彼らの作品を読んでみたくなるから不思議だ。
(文藝春秋 850円+税)
「文豪たちの憂鬱語録」豊岡昭彦、高見澤秀編
文豪たちの作品から憂鬱、絶望、悲哀、慟哭などのネガティブな言葉をえりすぐり紹介する語録。
谷崎潤一郎の「さあさあ早く気狂ひにおなりなさい。誰でも早く気狂ひになった者が勝ちだ。可哀さうに皆さん、気狂ひにさへなつて了へば、其んな苦労はしないでも済みます」(悪魔)をはじめ、「人生の悲劇の第一幕は親子となったことにはじまっている」と記す芥川龍之介や、愛人との不倫の果てに心中し「わたしたちは長い路を歩いたので濡れそぼちながら最後のいとなみをしている。(中略)おそらく私達の死骸は腐乱して発見されるだろう」との遺書のままに無残な姿で見つかった有島武郎(写真)、そして借金と女郎買いの記録が延々とつづられる石川啄木のローマ字日記など。
10人の文豪たちの本音が、人生に傷ついた心に寄り添ってくれる。
(秀和システム 1400円+税)
「文豪の悪態」山口謠司著
その生き方が常人離れしている文豪たちは、言葉のプロであるがゆえにその悪態も個性的。そんな文豪たちの悪態に使われる語彙から彼らの本質に迫る文学テキスト。
文豪といえばこの人、夏目漱石(イラスト)は、妻の鏡子に普段は「おい」とか「御前」と呼びかけていたが、怒りが噴き出したときは「オタンチン、パレオロガス」と呼んだという。あの「吾輩は猫である」にも登場するこの言葉、東ローマ帝国最後の皇帝などと言われたりするが、実は漱石の造語。
他にも酒の席で初対面の中原中也に「何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって」と絡まれた太宰治は、後日、中原を称して「蛞蝓みたいにてらてらした奴で、とてもつきあえた代物ではない」と語ったという。
まったく文豪ってやつは、悪態まで面白い。
(朝日新聞出版 1500円+税)
「文豪聖地巡礼」朝霧カフカ監修
文豪たちの作品の舞台や、各人の人生の足跡が残るスポットなどを案内しながら、その生涯をたどる文学ガイド。
泉鏡花は「信仰」ともいえるほど師の尾崎紅葉を敬愛。神楽坂にある紅葉の家での書生時代、出版社に送る師の原稿を投函するときには、心配でポストの周りをいつも3周しなければ気が済まなかったという。師の死後、鏡花の自宅で徳田秋声が紅葉をバカにしたような話をすると、火鉢を乗り越え殴りかかったともいう。その尾崎邸も鏡花邸も今はなく、所在地に説明板だけが残っている。
その他、三島由紀夫と安部公房が初めて出会った神田神保町にあった喫茶店「ランボオ」(現在は「ミロンガ・ヌオーバ」という店名)など。29人の文豪たちの生涯を彩る土地の記憶をエピソードとともに紹介する。
(立東舎 1800円+税)