文庫で読む 最新“おいしい”小説特集
「出張料理人ぶたぶた」矢崎存美著
うっかり空腹のときにでも読もうものなら、腹の虫に抗議されること間違いなしの美食満載の小説はいかが? 今回は、縫いぐるみの姿をした出張シェフ、食の名探偵、人の縁を食でつなぐ女将、ソーセージマイスター、遊女たちの心を癒やす女料理人が登場する、とびきりおいしい小説を5冊ご紹介!
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仕事からヘトヘトになってマンションに帰宅した松岡夏音は、食事をする元気もないままベッドに倒れ込んだ。寝ている間に何もかもやってくれる妖精が来ればいいのに……と思って眠った翌朝、目を覚ますと台所から料理の匂いがする。
現れたのは、「山崎ぶたぶた」と名乗るハウスキーパー。名前のみならず、見た目はバレーボールサイズの縫いぐるみという奇想天外な姿に、夏音は夢に違いないと思い込むが、食卓には夏音好みの朝食が用意されていた……。(「妖精さん」)
ベビーシッターやボディーガードなど毎回さまざまな職業人として登場する「ぶたぶた」シリーズで人気の作家の最新作。お総菜から思い出の料理まで、リクエストに応じて何でも作ってくれるこんな可愛い出張料理人がいれば、ステイホームも楽しくなりそう。
(光文社 520円+税)
「鴨川食堂もてなし」柏井壽著
以前食べた思い出の味を、もう一度味わいたい――。そんな思い出の味がある人なら、ぜひ立ち寄ってみたくなるのが本書の舞台となる鴨川食堂。京都の町の一角に看板も出さずにたたずむその店には、料理雑誌に出された「食捜します」の一行広告を頼りに遠方からも客が訪れる。
認知症の父親が食べたいと切望するテキなる謎の食べ物、幼馴染みの母親が作ってくれた春巻き、亡くなった夫が食べたがっていた五目焼きそば、めったに料理をしない父親が一人暮らしを始める前に作ってくれたちらし寿司など、毎回持ち込まれる難題を店主の鴨川流と娘のこいしが全力で再現する。
忘れられない特別な一品にかける人々の思いと彼らから聞き出すエピソードをもとに、その特別を捜し出す鴨川の才能が魅力的に描かれている。
(小学館 650円+税)
「婚活食堂3」山口恵以子著
季節の料理とうまい酒が楽しめる「めぐみ食堂」は、元占い師の玉坂恵が引退した先代女将から受け継いだ小さな料理屋。カウンターに並んだ大皿料理と日替わりのおすすめ料理を求めて、さまざまな人たちが立ち寄っていくのだが、おいしい食事に心を開いた人たちは男女の縁が見える恵のもとにいろいろな相談を持ち掛けてくる。恵はある日、常連客の大学教授の新見圭介から、なかなか結婚しない娘の結婚相手を探すため力を貸してほしいと頼まれるのだが……。
元占い師の女将が、持ち前の力で人を幸せにする婚活食堂シリーズの第3弾。何げない気遣いで、人生の岐路に立った人をさりげなく助ける姿が魅力的だ。巻末には、新キャベツとスモークサーモンの重ね漬けやタイの昆布締めなど、文中に登場するおいしい料理のレシピ付き。
(PHP研究所 680円+税)
「レイモンさん」植松三十里著
主人公は、函館にある旅館の娘・コウ。英語が堪能なコウは、外国人客への応対をすることが多かったが、あるとき客に缶詰のソーセージを厨房で茹でてほしいと頼まれ、コックに調理してもらう。久しぶりにソーセージが食べられたと喜ぶ客は、それが縁でコウと話すように。
客の名はカール・ヴァイデル・レイモン。ハムやソーセージを作るドイツ系家系の出身で、自身もマイスターとなって世界で働いていた。恋仲となった2人は将来を誓うが、父親に交際を反対され幽閉されてしまう。
コウは何とか家を抜け出し、中国・天津のホテルに向かい駆け落ち結婚するのだが……。
本書は、ソーセージを日本に広めたドイツ人マイスターと日本人妻の物語。肉食習慣のなかった日本に新しい食文化を築いた2人の挑戦が描かれている。
(集英社 750円+税)
「おせっかいの長芋きんとん」出水千春著
大坂から伯父を頼って江戸に出てきた平山桜子は、料理の修業をして食べ物屋になろうという夢を描いていたが、頼みの伯父が亡くなってしまい、思いがけず吉原の妓楼「佐野槌屋」の台所で働くことに。料理の修業ができるかと思いきや、女に料理はさせないと凄む料理人・竜次に下働きを命じられる。
桜子は遊女たちの揺れ動く心中を察して、次第に自慢の料理で彼女たちの悩みを解きほぐしていくのだが……。
前向きな主人公桜子の視点から描いた、人情味あふれる江戸の食物語。湯気までごちそうになりそうなおでん、油でからりと揚げる音がしそうなてんぷら、蒸した長芋をつぶして茶巾に整えた長芋きんとん、茶飯で作った握り飯などなど、続々出てくる食べ物の描写が絶妙。ページをめくるごとに食欲をそそられる。
(早川書房 680円+税)