甲子園中止の陰で
「二度消えた甲子園」須江航著
コロナ禍で今年は聞かれなかったあの高校野球の球音。ならば今年は気持ちを入れ替え、いつもとは違う角度から甲子園野球を振り返ってみよう。
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今年春のセンバツの前、優勝候補の一角に挙がっていたのが仙台育英高校。言わずと知れた東北きっての強豪校だ。ところが、コロナ禍でセンバツは中止。5月20日には夏の甲子園の中止まで早々と決まり、東北勢として初の日本一を狙う夢はむなしく消えた。
しかしそこでクサってしまっては本当の勇者とはいえない。本書は2018年から仙台育英の監督として「新しい高校野球」をリードする須江航監督の著書。今年37歳の須江監督は仙台育英OBで、指導者としては長く中学の軟式野球部で監督を務めた。つまり成長期の少年たちの心技体を知り尽くしているわけだ。
さらに、データ野球の時代に育った若手監督として、独自のデータ分析法を習得。かつて高校野球は先発完投のエース頼みが主流だったが、須江監督はふだんから投手1人につき週200球という厳しい投球制限を設け、肩やヒジへの負担を考慮しながら、試合では巧みな継投策で母校を2年連続で夏の甲子園に導いたのである。
つまり、監督の野球哲学は単なる熱闘一辺倒ではなく、少年たちの将来を含む人生そのものの充実に向けられているといえよう。これこそコロナ禍で消えた甲子園の球児たちを真に励ますものだろう。
(ベースボール・マガジン社 1600円+税)
「まかちょーけ」松永多佳倫著
2010年、甲子園の春夏連覇の偉業をなしとげた沖縄・興南高校。しかも夏の制覇は沖縄県勢で初の殊勲。優勝メンバーたちはその後の10年間、どう過ごしてきたのか。本書はそんな人生の「続き」を描く異色のノンフィクション。
エース島袋は卒業後に中央大に進学。15年にソフトバンクホークスからドラフト指名を受け、1年目に早くも一軍登録という活躍。けがに悩まされて4年後に引退したが、現在は母校の職員となって後進の指導に当たっている。
双子選手の国吉兄弟の弟・大陸は明治大学卒業後、いまは公認会計士として働き、三塁コーチャーを務めた兄の大将は早稲田大から国際協力機構(JICA)に就職。途上国の中小企業振興と貿易・投資促進に尽力している。彼らを導いた我喜屋監督は高校野球界の古い体質を沖縄から変えた人としても知られる。「まかちょーけ」は「まかしとけ」の沖縄方言だ。
(集英社 680円+税)
「オレたちは『ガイジン部隊』なんかじゃない!」菊地高弘著
八戸学院光星、盛岡大付属、健大高崎、帝京、滋賀学園、石見智翠館、明徳義塾、創成館。いずれ劣らぬ甲子園の常連強豪校だが、これらは他県からの「野球留学生」が多い学校でもある。地元出身のほうが少ないこれらのチームは、しばしば「ガイジン部隊」と揶揄される。それに反発した野球ライターの「応援ノンフィクション」が本書だ。
地元出身でない彼らは15歳で親元を離れ、見知らぬ土地で寮生活を送る。多感な年頃ゆえハラハラすることも多い。いまは巨人の主軸となった坂本勇人も光星学院高野球部時代の高1の正月休み明け、なんと鼻にピアス姿で現れ、退部寸前までいったこともあったという。50人の寮生全員の白飯を寮生が交代で炊くのが習わしという盛岡大付、万事のんびりの「ウチナータイム」からの脱却が最初の仕事という沖縄出身者ら小さなエピソードが面白い。
監督就任2年で県立岐阜商業を甲子園に出場させた「野球留学生を知り尽くした」監督へのインタビューなど、読ませる工夫も多彩。
(インプレス 1500円+税)