アメリカの闇
「DOPESICK(ドープシック)」ベス・メイシー著 神保哲生訳・解説
分断をあおるトランプだけが悩みではない。現代アメリカの闇はもっと深い。
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麻薬性鎮痛薬オピオイド。この依存と過剰摂取による死が全米で相次いでいる。芸能界でもプリンスやフィリップ・シーモア・ホフマンが亡くなった。
アメリカの麻薬問題というとベトナム戦争帰りの兵士が広めたといわれるが、ジャーナリストの著者の調べでは帰還兵全体の2割にあたる依存者は帰国後にほとんど治癒していた。90年代後半からがん性疼痛用にオピオイド系鎮痛剤のオキシコンチンが大量に出回るようになる。これを開発販売する製薬会社パーデュー・ファーマが誇大宣伝と医師らとの癒着で一気に広めたのだ。
著者によれば、YMCAのサマーキャンプでも90年代半ばから1割の子らがぜんそくやアレルギー、ADHD(注意欠如・多動性障害)の薬を常用。2012年にはおよそ3分の1の子供たちがこのほか抗うつ剤や抗精神病剤を服用するようになっていたという。若者たちは朝一番でADHD薬アデロールを、午後はスポーツでの痛みにオピオイドを、夜には寝る前にザナックス(抗不安薬)を飲むなどというのが当たり前になったのだ。「薬に対するアメリカの文化が根底から変わってしまった」というのである。
現代の社会病理の象徴だ。
(光文社 2200円+税)
「アメリカン・トラップ 」フレデリック・ピエルッチほか著 荷見明子監訳
ニューヨークのケネディ空港に着いたとたん、逮捕されたフランス人実業家。まるでカルロス・ゴーンみたいだが、実は逮捕されたのが本書の著者ピエルッチ。仏エネルギー企業アルストム・グループの重役だが、かねてアルストムが贈収賄疑惑で米当局から疑いを持たれてきたことから、インドネシアの議員に贈賄の嫌疑をかけられたのだ。
会社の法務部長と連絡はついたものの、身柄は拘置所へ。裁判所での審理はあったが、保釈の決定を受ける前になぜか身柄はロードアイランドの拘置所へ護送。しかもそれまで米国に抵抗していた本社サイドは突如方針を変更し、社員を守るどころか、著者に責任を押し付けようとする。長引く未決勾留。やがて真相が見えてくる。アルストムを傘下に置こうとする米GEが米司法当局と組んで仕掛けたワナ(トラップ)だったのだ……。
もとは米企業の海外腐敗活動の防止で定められた法律が、米国に拠点を置く海外企業にまで適用されるようになった経緯を含め、多国籍企業と米当局の裏取引の実態に背筋が寒くなる。
(ビジネス教育出版社 2800円+税)
「なぜ中間層は没落したのか」ピーター・テミン著 栗林寛幸訳
大統領選挙で二言目には口にされるのが「中間層重視」。本書は、アメリカ経済史の大家として知られるMIT名誉教授による過去半世紀の総括。
本書は中間層を「中位家計所得の3分の2から2倍の収入を得ている層」と定義する。要は勤労庶民だが、これが急速に縮小してきたのが実情だという。
現代の中間層は金融(F)、先端技術(T)、エレクトロニクス(E)の3部門からなるエリート的な「FTE部門」と、昔ながらの「低賃金部門」に分かれており、所得が大きくなる前者が全体の2割、低いままの後者が8割の「二重構造」になっている。つまり中間層の二極化が起こっているわけだ。
これをもはや一団の「中間層」と呼ぶこと自体が無理だろう。政治の世界では分極化の揚げ句、かつてはアメリカ政治を根底からバランスさせていた「中道」がやせ細っているといわれるが、本書はこれを経済の面から裏付けていると言えそうだ。
(慶應義塾大学出版会 2700円+税)