「図説 世界地下名所百科」クリス・フィッチ著、上京恵訳
あの有名な彗星にその名を残す物理学者のエドモンド・ハレーは、地球の地下800キロに未知の世界が存在するとの仮説を発表。後に「地球空洞説」と呼ばれるその理論は、ひととき科学界をにぎわせたが、すぐに地球内部の密度が極めて高いことが立証され、空論になってしまった。
それから330年の時を経た今、地表のありとあらゆる場所が冒険、そして開発し尽され、現代人にとって地下は宇宙にも並ぶ未開のフロンティアと言っても過言ではない。
本書は、謎めいた洞窟から最先端の地下施設まで、地表から眺めているだけでは分からない地下のさまざまなスポットを案内してくれるビジュアルガイド。
ニュージーランド北島の西部にある「ワイトモ洞窟」は、3000万年もの途方もない歳月に加え、地質の巨大な力と火山活動によって誕生した。約800年前、この島に到着したマオリ族の開拓者たちにとって、洞窟は死者の世界であり、神聖なものだった。
1887年、イギリス人測量士が地元の部族長を説き伏せ、2人で初めてこの洞窟に足を踏み入れた。
地下河川を筏で進む2人の頭上には、そこにあるはずのない満天の星空が広がっていた。この光のショーの正体は、「ツチボタル」として知られる青緑色の光源を備えたキノコバエというハエの幼虫だそうだ。
一方、世界で最も深い洞窟は、今のところジョージアの大コーカサス山脈と黒海の間の険しい場所に位置する「ベロブキナ洞窟」で、その深度2212メートルだという。迷路のように入り組んだ洞窟を2週間かけて下りていった探検隊を最後に待ち受けていたのは、真っ黒で鏡のように穏やかな湖だった。探検はその湖底まで続き、記録は洞窟ダイバーによってもたらされた。
しかし、世界のどこかにはまだこれより深い洞窟がある可能性はあり、そのタイトル争いは想像以上に熾烈だという。
こうした自然がつくり出した洞窟にはじまり、トルコ・イスタンブールの地下に広がる東ローマ帝国時代の巨大な貯水池「バシリカ・シスタン」(表紙)やインド・ムンバイの沖合に浮かぶ小さな島にある手彫りの地下寺院「エレファンタ石窟群」などの古代地下遺跡から、発電所が排出した二酸化炭素を地下800メートルに送り込み固形の岩として貯蔵するアイスランドの「ヘトリスヘイジ」などの現代のインフラまで、世界各地の地下名所40カ所を案内。
日本からは「首都圏外郭放水路(G―Cans)」が紹介されている。首都を洪水から守るために20年近くの歳月をかけて造られた世界最大の地下排水施設だ。
地表とはまったく異なる世界が広がる地下空間。本書はその魅惑の世界の入り口だ。
(原書房 3520円)