「日本の美しい町並」森田敏隆写真
昭和50年に文化庁が創設した「伝統的建造物群保存地区」制度では、昨秋までに120地区が選定され、往時の景観を取り戻す試みが続けられている。また近年、保存地区以外でも集落や町並みの保存整備が進み、各地で「美しい町並み」が息を吹き返しつつある。
本書は、後世に残したいそうした各地域の特色ある町並みを撮影した写真集だ。
京都と日光東照宮を結ぶ例幣使街道の宿場町「栃木」(栃木県栃木市)は、街道と平行して流れる巴波川が、利根川を経て江戸へと通じ、幕末から明治にかけて舟運の要所として栄えた。その川沿いには、往時の面影を伝える舟積問屋や豪商の蔵が並び、水面にもその姿が映り込む。
一方、若松城下と日光街道を結ぶ会津西街道(下野街道)の宿場「大内宿」(福島県下郷町)は、江戸時代初期に形成されたという。雪にすっぽりと包まれた茅葺きの家々が街道の両側に整然と並ぶその景色は、まさに時間が止まったような圧巻の美しさ。
「荻ノ島」(新潟県柏崎市=写真①)は、中門造りと呼ばれるL字形の茅葺き民家が田んぼを囲んで立ち並ぶ環状集落。集落の起源は定かではないが、神社の境内からは縄文中期の遺物が発掘されるなど、古くから人々の暮らしが営まれてきた土地だと推測される。
黄金色に実った田んぼと茅葺き屋根のコントラストが、日本の原風景そのもののような景観をつくり出す。
宿場町も集落も、ふとどこからか江戸時代の侍や商人、農民たちが現れてきそうで、見ているこちらが時代劇の中に紛れ込んだかのような気になってくる。
宿場町や農村の他にも、岐阜県・高山の奥座敷とも称される「古川」(写真②)などの商家町をはじめ、石見銀山の盛衰を物語る「大森銀山」(島根県大田市)のような鉱山町、瀬戸内海沿岸に位置し、製塩業で財を成した塩田主たちによって活況を呈し「安芸の小京都」と呼ばれた「竹原」(広島県竹原市)といった製塩町など。さまざまなルーツを持つ町並みは、それぞれの歴史と醸してきた独自の文化が堆積し、風格を備える。
「奈良井宿」(長野県塩尻市)の2階がせり出した出梁造りと長く伸びた軒の庇を押さえる「猿頭」や、「美濃」(岐阜県美濃市)の美しいカーブが特徴的な「むくり」をはじめ、さまざまな意匠で富を競った「卯建」など、町を象徴する建物の細部に注目するのも楽しい。
他にも、城下町の「臼杵」(大分県臼杵市=写真③)や寺町の「尾道」(広島県尾道市)、製磁町の「大川内山」(佐賀県伊万里市)をはじめ、舟を格納するための舟屋が海に突き出して並ぶ「伊根」(京都府伊根町)や、石川県金沢市の茶屋町「主計町」など観光地として人気を集める町並みも含め、全国の56地区を網羅。
各地の町並みの美しさが日本の魅力を再発見させてくれるとともに、ともすれば萎えそうなお出掛け意欲に新たな刺激を与えてくれる。
(光村推古書院 2600円+税)