「桜旅」谷角靖著
昨年に続き、今年の桜も楽しむことを許されず散ってしまった。2年も続けてお花見が不完全燃焼に終わってしまったが、こんな時だからこそ、写真集で全国の桜の名所を訪ねてみるのはどうだろう。
カナダ在住の著者による桜写真集だ。
世界の絶景を撮影してきた氏は、毎年、紅葉の季節に一時帰国をしていた。しかし、2009年は仕事で春に帰国。その際に「『千鳥ケ淵』という場所で桜がちょうど満開」だと聞き、カメラを持って出かけ、実に10年ぶりに桜を見たという。
それまではオーロラが世の中で一番きれいな自然の光景だと思っていたが、ライトアップされた桜を見て夢中になって写真を撮っている自分がいた。この日から桜を追いかけようと決意。以来、桜の季節に帰国しては全国各地の桜を撮り続け、出来上がった作品集だ。
まずは幾世代にもわたって、その土地土地で愛されてきた一本桜の孤高の姿をとらえた写真が並ぶ。
岡山県真庭市の「醍醐桜」(写真①)は、丘の上にそびえる樹齢推定1000年という大木。満開のそのさまは、まさに一本で、大きな桜の森と対峙したかのような存在感。
この地に行幸した後醍醐天皇が称賛したことから、この名がついたという。
樹齢推定2000年、日本最古といわれる「山高の神代桜」(山梨県北杜市)と「三春の滝桜」(福島県田村郡三春町)、そして「根尾谷の淡墨桜」(岐阜県本巣市)の日本3大桜をはじめ、各地の一本桜の満開時の姿にほれぼれ。やはり桜好きは日本人のDNAに刻み込まれているようだ。
ちなみに、現代人にとって桜といえばソメイヨシノがまず思い浮かぶが、この日本3大桜はどれもエドヒガンで、シダレザクラもエドヒガンが変化したものだという。
残雪の岩手山を背景にした「小岩井農場」(岩手県岩手郡雫石町=写真②)、同じく残雪の飯豊連峰の雄大な山並みと近辺の山々の新緑がまぶしい「樽口峠」(山形県西置賜郡小国町)など、周囲の自然と一本桜がつくり出す絶妙な風景が一幅の絵画のように写真に収まる。
他にも、北海道函館市の「五稜郭」、秋田県仙北市の「角館武家屋敷」、長野県長野市の「松代城跡」など歴史的建造物とのコラボレーションや著者が初めて撮影した「千鳥ケ淵」をはじめとする「夜桜」など、テーマごとにこれでもかと満開の桜が楽しめる。
ちなみに有名な弘前公園をはじめ城と桜の相性は抜群に感じられるが、意外にも城主たちが桜を愛していたわけではないそうだ。お城に桜が植えられるようになったのは明治維新以降で、公園などとして一般に開放される際に植えられたものが多いという。根を張らせて石垣の崩落を防ぐために見栄えも良く、手入れが簡単なソメイヨシノが多く植えられたのだ。
そんな桜にまつわるエピソードと共に、各作品の撮影場所の詳細データも添えられ、写真愛好家にはガイドブックとしても重宝するはず。
来年こそは、何の屈託もなく心からお花見を楽しみたいものだ。
(青菁社 1980円)