「ピリカ」半田菜摘著
地元北海道の野生動物を撮り続けてきた写真家の著者のもうひとつの顔は、旭川の病院に勤務する看護師。院内に展示された彼女の作品は、つらい闘病に耐え、時に死の恐怖と闘う患者たちの大きな支えになっているという。
本書は、激務の合間に北海道の豊かな自然に生きる野生動物たちのピリカ(アイヌ語で美しさ)をテーマにした写真集。
北海道の春は遅い。遠くに見える山々は、まだ雪と氷に覆われているが、雪解けして姿を現した枯れ野原では、エゾシカの群れが芽吹き始めたわずかな若草を一心に探しては食べている。
次のページでは、同じように原野でエゾタヌキのペアが枯れ草の中に鼻を入れて、虫を探して歩きまわっている。著者の存在に全く気付かず、近くまで歩いてきた2匹だが、気がつくと1匹は逃げ、もう1匹は不思議そうな顔でカメラを見つめてきた。夕日に照らされた毛皮が黄金に輝き、その優しげなまなざしは知性さえ感じさせる。
別のページでは、暖かな日差しが差し込む森の木の枝で、エゾフクロウのペアが仲むつまじく毛づくろいをしている。絵に描いた笑顔のようなその表情に思わずこちらの頬も緩む。
エゾフクロウの子育ての様子や、エゾシカ親子、16匹ものヒナを育てるカワアイサ、やんちゃなきょうだいを育てるキタキツネ一家、巣穴で身を寄せるエゾモモンガ、そしてアイドル顔のエゾクロテンなど、見渡す限り人工物が見当たらない自然の奥深くで、与えられた命を精いっぱいに生きる動物たちの姿から優しさと愛が伝わってくる。
子育てに疲れ切ったキタキツネの母親が気持ちよさそうに昼寝をするショットもあるのだが、そんな昼寝の最中でも、警戒を怠らず周囲に耳をそばだてる。
もちろん当の野生動物たちの世界には、優しさや愛などという言葉はない。
しかし、以前から知ってはいるはずのそれぞれの動物たちの見たこともない表情についそんな人間味を感じてしまう。
もちろん野生の動物たちが生きていくことは、きれいごとだけではすまされない。
捕らえた獲物のアオバトを強力な脚で抱え込み飛ぶハヤブサ、海岸に漂着したクジラの死体にかじりつくキタキツネ、トビやカラスなどによって瞬く間にあばら骨になったエゾシカの死体、海から遡上して次の世代にバトンをつなぎ息絶えたカラフトマスなど。生きるために誰かの命を奪う食物連鎖、そして誰かの役に立った後は静かに土にかえっていく命の循環もカメラに収める。
著者は野生の世界は「決して可愛いだけではない。時に荒々しく、生々しい。日々、生死と向き合っているからこそ、動物たちはエネルギーに満ちあふれ、美しいのだろう」という。
その写真から伝わってくる動物たちのエネルギーが、患者たちと同じく、読者にも生きる力を与えてくれる。
(エイアンドエフ 1800円+税)