「浜通り 2000~2003 福島」須賀武継著
ちょうど10年前のあの日以来、その地名を何度耳目にしたことだろう。福島県の「浜通り」。
福島県は、奥羽山脈と阿武隈山地によって「会津」「中通り」、そして「浜通り」の3地方に分けられる。県の東側、阿武隈山地から太平洋沿岸の13市町村から成る浜通り地方は、10年前の東日本大震災と福島原発事故で大きな被害に遭った地域だ。
本書は、福島在住の著者が震災以前に撮影した「浜通り」地方の豊かな自然とそこに暮らす人々の営みを収めた写真集。
ページを開くとまず目に飛び込んでくるのは夏の海と空の青さだ。大熊町を流れる熊川の河口付近に広がる熊川海水浴場は、水平線が分からぬほど空も海も青一色で、日に輝く砂浜とのコントラストがまぶしい。海辺では数組の家族がのどかに海水浴を楽しんでいる。
一方、ふだんは静かな浪江町の「棚塩海岸」では、日曜日に地引き網や地域の祭りのために大勢の人たちが集まり、にぎわっている。その一角では、子供たちがスイカ割りに興じており、楽しそうなはしゃぎ声が、潮風に乗って聞こえてきそうだ。
浜通りは、海だけでなく、山もまた美しい。大熊町と田村市の境を流れる野上川源流の渓谷は、周囲の森の新緑が水面に映え、広がる景色の全てが緑のグラデーションに染められる。
阿武隈山系の高原地帯に位置する川内村では、見渡す限りのそば畑で白い花が風に揺れている。
夏は祭りの季節でもある。あの有名な「相馬野馬追」(南相馬市)のハイライト、数百騎の騎馬武者が御神旗に向かう「神旗争奪戦」の迫力ある一場面や、たいまつを手にした若者たちが麓山山頂を目指す「麓山の火祭り」(富岡町)など、長い伝統を守り続ける祭りの様子も紹介する。
浜通り地方の沿岸では、江戸時代以降、潮風や飛砂を防ぐ防災林として海と平行して松の植林が藩の事業として行われてきた。その防風林に守られてすくすくと育ち、稲穂が垂れ始めた田んぼや、海から遡上するサケの漁獲量が多い年には10万匹を超えるという楢葉町の木戸川のサケ漁などの秋の光景。そして、正月2日に一年の海上安全と豊漁を祈願して大漁旗に彩られた漁船が港から外洋に出る壮観な「海の出初め式」(浪江町)や、満開の「夜ノ森の桜並木」(富岡町)など、浜通り各地の四季を伝える。
読者は、この写真集に収まる、かつてはそこにあったはずの景色の多くが、失われてしまったことを知っている。もしくは人が立ち入ることができない場所になってしまったことを。
写真で見る景観が美しければ美しいほど、心が波立つのはなぜだろうか。10年を経ても復興には程遠い現実を改めて突き付けられる。とともに、本書は浜通り地方が、実はこれほどに美しく豊かな地であったことを覚えていて欲しいというメッセージでもあるのだ。
(雷鳥社 3500円+税)