「ヒトの壁」養老孟司著/新潮新書

公開日: 更新日:

 医学者で解剖学者の養老孟司氏(東京大学名誉教授)によるユニークな評論だ。タイトルは「ヒトの壁」であるが、内容は日本人論だ。

 養老氏は精神分析の方法を用いて日本人の特徴を分析する。

<ここで「精神分析」を思い出す。学校で学ぶ際に、英文や古文の解釈でだれでも苦労したはずである。絵画を解釈するのを絵解きという。似たやり方でヒトの心理を解釈することもできる。これは精神分析と言われる。岸田秀の「唯幻論」はその典型である。岸田は個人ではなく、国家や共同体、たとえばアメリカ社会や日本社会も精神分析の対象とした。/アメリカはなぜいつも戦争をするのか。精神分析をしてみる。アメリカ人は先住民を虐殺し、その土地を奪った。それ以降、強迫的にそれを続けざるを得ない。アメリカの建国を正当化するためには、常に同じことを続けざるを得ないからである。ゆえに戦争ばかりしている>

 確かに米国はこの瞬間もウクライナでロシアを相手に戦争を始めようとしている(米軍が直接参加しなくてもウクライナに兵器を送り、米国の民間軍事会社が積極的に協力するのだから、実質的には自分の戦争だ)。

 さらに米国にとって戦争は公共事業で景気対策の面もある。こんな面倒な事案に日本が付き合わされるのは迷惑だ。

 しかし、そうもいかない事情がある。この点については日本人の精神分析が重要になる。

<日本はペリー来航以来、内的自己と外的自己が分裂しっぱなしである、というのが日本を精神分析した結果である。本音と建て前、とでも言えるだろうか>

 本音では、日本から遠いヨーロッパのわけのわからない紛争には巻き込まれたくないと思っている。しかし、建前としての日米同盟は重視しなくてはならない。米国がウクライナに軍事支援するならば、それに付き合わないとまずいという心理が日本の政治家や外交官を支配している。こういうときにはバカのふりをすることが重要だ。

「ウクライナ情勢は複雑怪奇でアタマの悪い私たちにはわかりません」と言って、最低限の協力だけをする。そして日本の非協力姿勢をロシアに高く売りつけるのだ。(選者・佐藤優)

(2022年1月28日脱稿)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「おまえになんか、値がつかないよ」編成本部長の捨て台詞でFA宣言を決意した

  2. 2

    これぞ維新クオリティー!「定数削減法案」絶望的で党は“錯乱状態”…チンピラ度も増し増し

  3. 3

    「おこめ券」迫られる軌道修正…自治体首長から強烈批判、鈴木農相の地元山形も「NO」突き付け

  4. 4

    査定担当から浴びせられた辛辣な低評価の数々…球団はオレを必要としているのかと疑念を抱くようになった

  5. 5

    岡山天音「ひらやすみ」ロス続出!もう1人の人気者《樹木希林さん最後の愛弟子》も大ブレーク

  1. 6

    12月でも被害・出没続々…クマが冬眠できない事情と、する必要がなくなった理由

  2. 7

    やはり進次郎氏は「防衛相」不適格…レーダー照射めぐる中国との反論合戦に「プロ意識欠如」と識者バッサリ

  3. 8

    ドジャース佐々木朗希の心の瑕疵…大谷翔平が警鐘「安全に、安全にいってたら伸びるものも伸びない」

  4. 9

    黄川田地方創生相が高市政権の“弱点”に急浮上…予算委でグダグダ答弁連発、突如ニヤつく超KYぶり

  5. 10

    2025年のヒロイン今田美桜&河合優実の「あんぱん」人気コンビに暗雲…来年の活躍危惧の見通しも