「農業フロンティア 越境するネクストファーマーズ」川内イオ著/文春新書
本書は農業や農業関連ビジネスで成功を収めた10人の起業家たちへのインタビューをとりまとめたドキュメントだ。ただ10人には共通点があって、いずれも他分野からの転身組だということだ。
私自身も4年前から農業を始めたのだが、家族や友人が消費する分だけを生産して、販売は一切行っていない。だから、プロの農家とは言えないのだが、ここに登場する起業家はビジネスを成立させているので、私よりけた違いにレベルが高い。
私は、これまで「農業は儲からない」と信じてきた。周りの本物の農家が全然儲かっていないからだ。だから、農業に参入しようと思ったら、私のように農業以外の部分で生活費を稼いで、農業は道楽としてやるのが精いっぱいだと考えていたのだ。しかし、それは間違っていた。これまでの農家は、概して、素朴で、商売っ気がなかったから、儲からなかっただけなのだ。他分野で培われてきた知識やノウハウを農業に持ち込めば、新しいビジネスを切り開くことは十分に可能なのだ。
もちろん、本書に登場する起業家たちは、発想が柔軟で、行動力のある有能なすごい人ばかりだ。例えばバラ好きで、「食べるバラ」の栽培に参入した起業家は、コロナ禍で売り上げが激減した。ところがすぐに、バラの香りのアルコールスプレーを開発してピンチを脱却し、最終的にバラの化粧品で大成功するといった物語が、本書にはいくつも紡がれている。ただ、本書には成功物語を超える大きな潮流がある。それは、携わるすべての人が、幸福を感じているということだ。だから読んでいるだけで、幸福な気分になってしまうのだ。
農業というのは、さまざまなビジネスのフロンティアを残しているという意味でも、携わる人に幸福を振りまくという意味でも、実に懐の深い産業だ。一般のビジネスがどんどん仕事そのものの魅力を失い、「こんな仕事をしていても何か意味があるのだろうか」と思わせるほどストレスのかたまりになっているのに対して、農業の仕事は、ずっと楽しいままだ。
いまの仕事に行き詰まりを感じた時、農業は、残りの人生をかける重要な選択肢になりうるのではないだろうか。
★★★(選者・森永卓郎)