「職務質問」古野まほろ著/新潮社
私が本書に興味を持ったのは、私自身が数年前に職務質問を受けたことがあったからだ。私の周囲には、職務質問を受けた経験がある人がいない。なぜ私だけが対象になったのか、その理由を知りたかったのだ。
ただ、本書を読むと、職務質問という警察官の行動は、法的位置づけが曖昧で、非常に厳しい制約があるなかで、警察官が苦労しながら、繊細な行動をとっていることが分かった。職務質問だけで、本が一冊書けてしまうほど深い世界なのだ。
著者は、キャリア採用の元警察官だ。超エリートだが、現場のことを実によく知っている。そして、ずばぬけた頭脳を持っているから、説明が論理的で、繰り返しや無駄がないため、複雑な職務質問の世界をスピーディーに読み解いていくことができる。
職務質問は、「犯罪者のハンティング」だと著者は言う。犯罪者を見つけ出して、善良な市民の安全を守るのだから、地域警察官にとって最も重要な職務だ。しかし、彼らに与えられた法的根拠は、警職法第2条の「警察官は異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者」を停止させて質問することができるという規定だけだ。だから職務質問を受けた側が足を止めるか、質問に答えるかどうかは、あくまでも法的に任意なのだ。ただ、相手に拒否されたら、何もできないというのであれば、犯罪者をあぶりだすことはできない。
それでは、具体的にどのようなやり方なら適法なのか。それは、判例の積み重ねのなかで明らかにされている。しかし、その判例もアナログなので、警察官は常に違法になる危険性と隣り合わせで、勇気をもって職務質問に立ち向かっている。その警察官が私に職質をしたということは、私の挙動は、相当あやしかったのだろう。その警察官が見る目がなかったということではない。私の手荷物検査を終えた警察官は、直後に別の男に声をかけたのだが、その男はパトカーで連行された。
本書には職務質問を受けた時の対策も書いてある。読み物として面白いだけでなく、挙動不審の気のある読者は必読だ。 ★★半(選者・森永卓郎)