「認知症パンデミック」飯塚友道氏
「コロナ禍で認知症の患者が急増しています。私の所属する病院の認知症疾患医療センターでは、コロナ禍以前には減少傾向だった患者数が2020年の6月以降、増加に転じています。ステイホームで家に引きこもる時間が増え、脳への刺激が少なくなったことが要因ではないかと。ステイホームはやむを得ない対策ですが、日本人は過剰に反応しすぎじゃないでしょうか。私は自発的ロックダウンと呼んでいるんです」
国内の複数の学会による全国調査でも新規患者が増加し、従来からの患者は症状が悪化しているという。コロナ禍で認知症は潜在的に深刻な状況に進行しており、著者はこれを「認知症パンデミック」と名付ける。
本書は、コロナ禍が直接的にも間接的にも脳に影響を与え、認知症の悪化のみならず、予備群を増加させる状況に警鐘を鳴らし、脳を守るために取るべき行動について提言する。それらは若い世代にとっても他人事ではない。
「外出自粛による介護サービスの利用減少やコミュニティーへの参加を控えた結果、脳機能が低下し、認知症の増加、悪化が起こりました。しかし、これは高齢者だけに起こることではありません。例えば、ドイツの南極観測基地で、観測隊員(男女9人、平均年齢33歳)の脳の容積を調査した報告があるんですが、遠征前と14カ月後に遠征を終えた脳を比べると、遠征後の脳には萎縮が見られたんですね」
孤立した環境で、同じ場所に同じ人とばかりいる生活では、たとえ若い健常者の隊員であっても認知機能の中心的役割の海馬や前頭葉が萎縮してしまうという衝撃的なデータが報告されているのだ。いかに生活環境が大切か、また脳を維持するためには人と場所の多様性が非常に重要であることがよくわかる。
■認知症の予防には人とのつながりが大切
日常生活の中で脳を守り、認知症の予防にもつなげるためにはどうしたらいいのだろうか。
「糖尿病など生活習慣病があると認知症のリスクが上がるので注意する必要がありますね。認知症患者であれば、治療薬の服用をしながら生活改善をしていくことで薬の効果を発揮できます。認知症の予防にはコミュニケーション、人とのつながりが何より大切です。趣味の活動などに参加し、いろいろな人と出会うことは社会性や多様性につながり、脳のネットワークを構築し脳の大きさに影響を与えることができます。また、ウオーキングなど毎日続けられる運動をすることもおすすめですね」
本書では、米国アルツハイマー病協会や北海道大学教授の提唱した予防のための「10カ条」も挙げている。「物事に関心をもって新しいことや創造的な活動をやってみること」や、「頭のけがをしない」など、すぐにできそうな内容なので、ぜひ心に留めておきたい。
AI技術による認知症対策も実用化に向かっている。著者は2021年、AIを使って顔写真から特徴を抽出し、認知症を診断するシステムを開発した。
また、海外では脳とAIをつないだシステムの研究も進んでいる。ただし、著者はAIの活用と身体的、社会的活動は併用すべきと断言する。
(筑摩書房 946円)
▽飯塚友道(いいづか・ともみち) 1988年、群馬大学医学部卒業。複十字病院認知症疾患医療センター長。認知症専門医・脳神経内科専門医・核医学専門医。論文に「深層学習による認知症脳血流画像の分類(英文)」などがある。