背景の南部の自然が魅力の映画

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 アメリカのどこが好きかと聞かれたら南部と答える。人種差別などの悪弊は数知れないが、風土の奥行きという点では他に類をみない。そんな南部の風物にあふれた物語が来週末封切りの「ザリガニの鳴くところ」。日米でベストセラーになったミステリー小説の映画化作品である。

 だが、筆者はこれをミステリーとしては買わない。ノースカロライナの町はずれの沼沢で若い男の死体が浮かぶ。沼の森の奥に住む少女が被害者との痴情のもつれで殺したと拘束される。幼くして親に捨てられ、文字も読めぬまま育った彼女は果たして犯人なのか──というのが粗筋だが、ミステリーというなら少々ありきたりに過ぎる。

 つまりミステリーとしては素人くさいのである。むしろこの物語独自の魅力は普通なら背景になる部分、すなわち南部の自然のほうなのだ。

 実際、少女は幼なじみの青年の手引きで読み書きを覚え、知り尽くした沼地の動植物の生態をスケッチし始める。実はこの映画、ベテランの動物学者が70歳で初めて書いた小説の映画化作品だ。

 原作者ディーリア・オーエンズは長年アフリカで働いた60年代世代の動物学者。その体験を書いたノンフィクションを既に80年代に出版している。夫マーク・オーエンズとの共著「カラハリが呼んでいる」(早川書房 1430円)である。

 カラハリ砂漠は「ブッシュマン」と呼ばれた部族の地で、オランダの人類学者ヴァン・デル・ポストが書いた調査録はむかし人類学の学生だった筆者の必読文献だった。

 ちなみにオーエンズ夫妻は密猟者に容赦なく、自然保護にこだわるあまりに「アフリカ人への上から目線」を批判されたこともあるという。帰国後、夫妻は老年離婚したらしいのだが、これまた60年代世代らしい話だなあと思うのである。 <生井英考>

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