ユダヤ人大虐殺のアーカイブドキュメンタリー
「バビ・ヤール」
ロシアのウクライナ侵攻開始からちょうど7カ月を迎える9月24日に、ウクライナのドキュメンタリー「バビ・ヤール」が封切られる。
同国は第2次大戦中、悪名高い独ソ戦に翻弄されたが、そのさなか3万4000人弱のユダヤ人がわずか2日間でドイツ軍に虐殺された。その場所がキーウ(キエフ)北西部のバビ・ヤール渓谷だ。
本作は事件を綿密に調べ、過去の記録映像を編集したアーカイブドキュメンタリー。監督のセルゲイ・ロズニツァは反ロシア論陣の急先鋒ながらウクライナの暗部への激しい批判でも知られ、本作でもドイツ軍占領下で喜んでナチ式に敬礼する一方、ソ連軍が進駐するとコサックダンスで歓迎するウクライナ人の“内股膏薬”を強く印象づける。ゼレンスキー大統領がユダヤ系であることを思うと本作の意味はいっそう複雑だろう。
実はもうひとつ気になる点がある。もともと記録映像には音声がないものも多いが、本作ではアフレコとおぼしい音質の映像が散見され、以前話題になったP・ジャクソン監督の第1次世界大戦ドキュメンタリー「彼らは生きていた」のカラー化の例を思い出したのだ。
あの映画は白黒映像に深層学習のAIで着色し、“まるで生きてるよう”と好評だったが、筆者には違和感が残った。本作では逆にウクライナやドイツの一般市民の協力で、映像に独軍将校の会話や群衆のどよめきなどをアフレコで入れたらしい。
その仕上がりにはフランスの映像作家ストローブ=ユイレ夫妻の「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」などを想起させる奥行きがある。啓示にも似たその感覚をまだうまく説明できないのだが、夫妻については渋谷哲也編「ストローブ=ユイレ──シネマの絶対に向けて」(森話社 4620円)がさしあたり手ごろな紹介になるだろう。 <生井英考>