「フリチョフ・ナンセン」新垣修著
ノルウェーのフリチョフ・ナンセンは、人跡未踏の北極圏に挑んだ探検家として知られている。1895年、33歳のとき、フラム号で北極点への最接近を果たし、北極が大陸ではなく氷に覆われた深海であることを実証した。
ナンセンは科学者で、動物学、地質学、解剖学、海洋学など、自然界のあらゆる側面に興味を持ち、研究を行った。しかし、そのキャリアは探検家、科学者では終わらず、驚くべき展開を見せる。
44歳のとき、在英国ノルウェー大使となり、外交官としてノルウェーの独立に寄与。第1次大戦後は、誕生したばかりの国際連盟のノルウェー代表に就任する。ナンセンは、国際連盟を未来の希望を乗せて帆走する「新しい船」と呼んだ。冒険の精神がなければ、ゴールにはたどり着けない。極地に挑んだフラム号と、船出したばかりの国際連盟が重なった。
国際連盟の任務に就いたナンセンの実行力は目ざましかった。30カ国近い国籍の42万人もの戦争捕虜を帰還させ、飢饉に喘ぐロシアに食糧支援を行い、国際的合意に基づく「ナンセン・パスポート」を発給して多くの難民を救った。その中には作曲家のストラビンスキーや画家のシャガールもいた。
ナンセンは、欧米諸国とロシア(ソ連)の間に立って困難な交渉に臨み、人道支援に奔走した。その先に世界平和があると信じていたからだ。
1922年、ナンセンはノーベル平和賞を受賞。スピーチでロシア(ソ連)への理解と支援の重要性に言及した。それから100年後の今年、ロシアはウクライナに侵攻する。ナンセンには未来が見えていたのだろうか。
ナンセンは生前、若い人に向かって、こう語った。「もし世界がうまくいっていないなら、それを正すのは君たちだ」。世界を正そうと全力で生きたハンセンの生涯は、人類への大事なメッセージに満ちている。
(太郎次郎社エディタス 2640円)