「私説 ドナルド・キーン」角地幸男著

公開日: 更新日:

「私説 ドナルド・キーン」角地幸男著

 日本語は難しい。漢文、古文を含めた日本語を理解できる外国人など、いるわけがない。そういう日本人の思い込みを見事に覆した天才がいる。ニューヨーク生まれの日本文学研究者ドナルド・キーン。

 とにかく成績優秀で、16歳でコロンビア大学に入学。漢字の存在を知って驚き、英訳の「源氏物語」に心を奪われた。太平洋戦争中、アメリカ海軍の日本語学校で猛特訓を受けたキーンは、通訳として戦地に派遣され、日本兵が残した日記や手帳の「手書きくずし文字」と格闘した。

 こうして若き日に日本語と出合ったキーンは、その後も日本と日本文学の「勉強」に打ち込み、2019年に没するまで、膨大な成果を残した。構想から完成までに25年を要したライフワーク「日本文学史」、「明治天皇」から「石川啄木」に至る伝記が大きな山をつくっている。古典、和歌や俳句、小説、日記、能や浄瑠璃まで、日本文学者としての知見の広さと深さは計り知れない。

 それにもかかわらず、キーンは日本で正当に評価されたことがないのではないか。そんな疑問から、本作は書かれた。著者はキーンの40年来の友人で、キーンの著作の翻訳者。敬愛と親しみを込めて人物像を描き、作品を論じている。

 キーンは謙虚で誰にでも愛想がよく、折り目正しい日本語を話した。少年のような好奇心とちゃめっ気にあふれ、話が尽きない。友人に手料理を振るまうこともあった。しかし、日本文学者としては「孤独な異邦人」だった。「珍しい存在」として持てはやされるか「嫌な存在」として無視されるか。そのどちらかの道しかなかった、と著者は書く。この評伝は、そうした現実に一矢報いている。日本文学の専門家に無視され、まともな論評もされなかったキーンの仕事の価値を、あらためて伝えようとする思いが伝わってくる。本作をきっかけに、キーン作品の読者が新たに生まれることを願う。

(文藝春秋 2310円)

【連載】ノンフィクションが面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  2. 2

    巨人・桑田二軍監督の電撃退団は“事実上のクビ”…真相は「優勝したのに国際部への異動を打診されていた」

  3. 3

    クマ駆除を1カ月以上拒否…地元猟友会を激怒させた北海道積丹町議会副議長の「トンデモ発言」

  4. 4

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  5. 5

    クマ駆除の過酷な実態…運搬や解体もハンター任せ、重すぎる負担で現場疲弊、秋田県は自衛隊に支援要請

  1. 6

    露天風呂清掃中の男性を襲ったのは人間の味を覚えた“人食いクマ”…10月だけで6人犠牲、災害級の緊急事態

  2. 7

    高市自民が維新の“連立離脱”封じ…政策進捗管理「与党実務者協議体」設置のウラと本音

  3. 8

    阪神「次の二軍監督」候補に挙がる2人の大物OB…人選の大前提は“藤川野球”にマッチすること

  4. 9

    恥辱まみれの高市外交… 「ノーベル平和賞推薦」でのトランプ媚びはアベ手法そのもの

  5. 10

    引退の巨人・長野久義 悪評ゼロの「気配り伝説」…驚きの証言が球界関係者から続々