「お寺の行動経済学」中島隆信著
「お寺の行動経済学」中島隆信著
我々が行っている経済活動には心理的な要素が働いており、時に不合理な行動が伴う。そうした心理的要素を踏まえて経済活動を分析するのが行動経済学だ。本書は、神社や寺院に参拝して合格祈願や安産祈願など、なぜ一見不合理に思える“祈り”という行為をするのかを、行動経済学の観点から考察したもの。
高額当せん者が出た宝くじ売り場で宝くじを買えば当たるのではないかと思い込んだり、おみくじの文言を自分の都合の良いように解釈したり、“祈り”はさまざまな歪みやバイアスによって成り立っている。それでも合格祈願の絵馬を奉納したり、交通安全祈願のシールを車に貼るのは、神仏とコミットすることで自分の行動に縛りをかけ、後には引けない状況をつくることができるからだ。こうしたコミットメント効果によって行動を変化させることこそ“御利益”にほかならない。
では、日本仏教の各宗派はこの祈りをどのように扱ってきたのか。大きくいえば、曹洞宗、臨済宗などの禅宗、そして日蓮宗においては現世利益としての祈禱(きとう)を積極的に導入し、浄土宗、浄土真宗においては祈禱を基本的に認めないということになる。そうした宗派の別はあるが「葬式仏教」という言葉があるように、いつしか日本仏教は葬式と結びつくことになった。
祈禱は葬式と並んで寺院の貴重なサービスであり収入源だ。ことにコロナ禍において葬儀や法事が激減し、規模も縮小されている。さらには、地方では人口流出による檀家の減少、都市では現世利益を前面に押し出す新興宗教の攻勢、そして低価格で明朗会計を売りにした葬儀社の台頭といった、仏教寺院への幾重もの逆風が吹いている。こうしたときに、“祈り”という行為の本質を改めて考えることは、危機に瀕(ひん)している寺院のみならず、そこから御利益を得たいと思ってコミットしている人たちにとっても切実な問題だ。 <狸>
(東洋経済新報社 1760円)