「マディバ・マジック」ネルソン・マンデラ編 和爾桃子訳
「マディバ・マジック」ネルソン・マンデラ編 和爾桃子訳
人生を振り返って、あれはぜいたくな時間だったなぁとにんまりするもののひとつに「忙しい人とゆっくり過ごした」記憶がある。日頃は会うこともむずかしい多忙な人と一緒に長距離移動をした、ダラダラとおしゃべりの午後を過ごした、旅先でお酒を飲んだ……そんな思い出は宝物だ。
数年前、ひょんなことからガーナ出身の教授とふたりきりで「待ち時間」を過ごす展開になった。暇に任せてガーナの口承民話をいくつも教えてもらった。登場するのは擬人化された動物や虫。だけど子ども向けの童話とは違う。勧善懲悪じゃない話、道徳的じゃない話がむしろ新鮮でおもしろく、夢中でメモをとった。
今回「マディバ・マジック」を読んで、ガーナ人と過ごしたあの数時間を懐かしく思い出した。アフリカには、文字をもたない人々が歴史や知恵を継承するために語ってきたお話が無数にある。それをネルソン・マンデラさんが編んだのが本書。広いアフリカ各地から集められているのに、ウサギはこずるい、ジャッカルはマヌケ、クモは知恵者など動物ごとになんとなく役回りが決まっているのがおもしろい。
数百年前から伝わる古い民話もあれば、ケープタウンのマレー居留地やオランダ居留地から採集された近代のお話もある。わたしがもっとも気に入ったのは、サンという民族に伝わる「月を捕まえようと奮闘するカマキリのお話」だ。今夜こそ月に飛び乗ってやるぞ! と毎晩、月の出を待ちかまえるのだけど、いつも失敗するカマキリ。なんていじらしいんだろう。今後、あの振り上げた鎌を見るたびにサンのお話を思い出してキュンとするよ。
(平凡社 3080円)