「ジャコブ、ジャコブ」ヴァレリー・ゼナッティ著、長坂道子訳
「ジャコブ、ジャコブ」ヴァレリー・ゼナッティ著、長坂道子訳
わたしは年をとってから本を書く仕事を始めた。しかも「おもしろいことだけやって食べていけるか実験してみよう!」と思い立って始めた。だから「これは自分がやるべき仕事だ」と思えることだけをやるつもり……なんだけど……ゴニョゴニョ。「自分の仕事」の見極めってむずかしい。
さて「ジャコブ、ジャコブ」。奇跡みたいなすばらしい本だった。舞台は1940年代のアルジェリア、主人公はユダヤ人一家の末っ子ジャコブ。はっきり言って、わたしとはなんの接点もない遠いお話だ。なのに心を鷲掴みにされ、途中で本を閉じて何度も息を整えなければならないほどの引力があった。
北アフリカのユダヤ人が、宗主国となったフランスのために銃を取り、ドイツ兵と戦う。あぁ、この世はなんて複雑だろう。本書のもうひとつの読みどころは、左ページにそっと添えられた「注」だ。歴史的、宗教的、文化的背景の解説が物語の味わいを深くする。
エッセーの名手として、また語学力を生かした取材で世界の今を伝えるジャーナリストとして知られる長坂道子さんが、初めて小説の翻訳を手がけた。原書を読んで感銘を受けた長坂さんは「これを自分がやらずにどうする」と奮い立ったという(訳者あとがき)。中東のユダヤ人と親族になり、フランスに暮らした経験を持つ彼女以上に本書の訳者にふさわしい人はいないだろう。長坂道子訳「ジャコブ、ジャコブ」の誕生がいちばんの奇跡に思える。
だからね、「これは自分の仕事だ」と奮い立つことをやるべきなんだよね。とつぶやきながらお昼寝をする秋の午後。
(新日本出版社 2420円)