「数学者たちの黒板」ジェシカ・ワイン著 徳田功訳
「数学者たちの黒板」ジェシカ・ワイン著 徳田功訳
テレビドラマの「ガリレオ」で、福山雅治演じる物理学者・湯川学が事件を解明するときに黒板に数式を書きなぐるシーンがある。デジタル技術が発達した現在、黒板はアナログの代表のような存在だが、今でも多くの数学者たちは黒板とチョークを愛用し自らの研究の重要な道具としているという。本書は、フィールズ賞受賞者を含む109人の数学者の板書の写真と、それぞれの数学者のエッセーを収めたユニークな写真集だ。
板上に白と黒の丸だけ書かれた極めてシンプルなもの、何色かを使って「色つきの頂点モデル」を図示したもの、消し跡の生々しい共同研究における議論の整合性を示した図、50年間未解決だった問題を解くための3年間の激しい冒険を示したもの、パラメーターの無次元空間の漫画、平らな形状を用いて曲面を表す方法、変わったものでは、中国の古典「詩経」の一節が漢字で書かれているものまである。
書かれている数式については短いコメントしか書かれておらず、門外漢には難解だが、数学者たちの黒板への偏愛は伝わってくる。「黒板は数学者にとって宝の地図だ」「黒板を使えば、どのような心象でも表現できる」「黒板は共同研究のための素晴らしいツールだ」「黒板は活発な空間で、いつでも変化可能であり、どんな考えを伝えることも厭わない」「黒板は、数学について考え、伝達するための比類なきテクノロジーだ」……。
なぜ黒板かといえば、黒板に書くとき、チョークの感触や音、においなどその人の五感が総動員され、観測、熟考する速度と歩調を合わせることができるからだ。チョークについては、こぞって日本製の羽衣チョークを推奨している。「地球上から黒板がなくなるまで、誰もが日本製のチョークを常に持ち歩くべきだ」と。100年後も数学者が黒板とチョークを使っているのを想像すると、ちょっと楽しい。 <狸>
(草思社 3850円)