『「ネット世論」の社会学 データ分析が解き明かす「偏り」の正体』谷原つかさ著/NHK出版新書(選者:中川淳一郎)

公開日: 更新日:

数ではなくて声が大きい方が「世論」に見える

『「ネット世論」の社会学 データ分析が解き明かす「偏り」の正体』谷原つかさ著

「ネット世論」という言葉が一般化して久しいが、実際にそれが「世論」なのかどうかについて、さまざまな手法で調査した結果をまとめている。調査対象はX(旧ツイッター)で、それらを書き込んでいる人がどんな人々かを分析している。

 自分と同種の意見を持つ人々だけを見てそれこそ世論だと信じる「エコーチェンバー現象」といった言葉が登場するほか、なぜXでは自民党批判が多いのに選挙では自民党が圧勝するのか、という分析もある。

 要するにアンチは思いが強いため熱心に書き込むのだ。それを見たアンチが「圧倒的ではないか、我が軍は!」と思い込んでしまうのである。

〈リポストに関しては親自民党の人々が頑張ったものの、トータルの投稿数では反自民党派が圧倒的でした〉

 世論だと思い込んでいるものが実はただ「声の大きい人の意見だった」というオチがつくわけで、同書では「マイノリティのマジョリティ化」という言葉でも表現されている。

 2023年4月の大阪府知事選に関する分析も「乖離するネット世論と選挙結果」の点では興味深い。現職の吉村洋文氏と左派が支持するたつみコータロー氏の争いだったが、こう説明される。

〈吉村候補についてはネガティブが62.1%、ニュートラルまたは態度不明が26.1%、ポジティブが11.8%でした(中略)たつみ候補に関しては、ネガティブが1.2%、ニュートラルまたは態度不明が11.1%、ポジティブが87.8%〉

 だが、結果は吉村氏の得票率が73.7%で、たつみ氏は8.0%だったのだ。選挙というものはXだけで行われていないのである。世の中の声をあげない圧倒的多数派が実際の世論をつくっているのだ。

 本書に関連し、ネットニュースの見出しについて触れる。8月29日、Smart FLASHに以下のタイトルの記事が掲載された。

〈「憎らしい」「マジ最低」コロナ対策いじった『水ダウ』に批判殺到…医療現場からも集まる苦言〉

 28日に放送された「水曜日のダウンタウン」(TBS系)は、テレビロケ現場の過剰コロナ対策を「ヘンだったよね……」と振り返るもので、異形のフェースマスクやら体温が34.2度と出ても37.5度以下だからOK、といった対策を面白がるものだった。

 多くの人はこれに「あったあった(笑)」となったが、感染対策を重視する人々からすれば、怒りがこみ上げるものだったのだろう。それは同サイトの方針でもあり、だから批判的な記事を作り、あたかも世論が怒っているかのような記事を完成させた。メディアのやり口は「自己と同じ主張をピックアップし、あたかも世論のようにする」である。 ★★★

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    3年連続MVP大谷翔平は来季も打者に軸足…ドジャースが“投手大谷”を制限せざるを得ない複雑事情

  2. 2

    自民党・麻生副総裁が高市経済政策に「異論」で波紋…“財政省の守護神”が政権の時限爆弾になる恐れ

  3. 3

    立花孝志容疑者を"担ぎ出した"とやり玉に…中田敦彦、ホリエモン、太田光のスタンスと逃げ腰に批判殺到

  4. 4

    最後はホテル勤務…事故死の奥大介さん“辛酸”舐めた引退後

  5. 5

    片山さつき財務相“苦しい”言い訳再び…「把握」しながら「失念」などありえない

  1. 6

    ドジャースからWBC侍J入りは「打者・大谷翔平」のみか…山本由伸は「慎重に検討」、朗希は“余裕なし”

  2. 7

    名古屋主婦殺人事件「最大のナゾ」 26年間に5000人も聴取…なぜ愛知県警は容疑者の女を疑わなかったのか

  3. 8

    阪神異例人事「和田元監督がヘッド就任」の舞台裏…藤川監督はコーチ陣に不満を募らせていた

  4. 9

    高市内閣支持率8割に立憲民主党は打つ手なし…いま解散されたら木っ端みじん

  5. 10

    《もう一度警察に行くしかないのか》若林志穂さん怒り収まらず長渕剛に宣戦布告も識者は“時間の壁”を指摘