コレラをめぐる「病態生理」と「疫学的事実」の対立…コッホとペッテンコーフェル
前回、病態生理学的に正しい情報と疫学的、統計学的に正しい情報について説明したが、前者は個別の患者の体で起きていることを説明しやすいし、後者は集団で何が起きているかを示している。この2つの正しさは時に対立する。今回はその対立に関する歴史的な事件について紹介しよう。
まずペッテンコーフェルから。一般の人にはなじみがないが、彼はコレラの流行と闘った19世紀のドイツの衛生学者である。
ミュンヘン大学の衛生学の教授として、コレラの原因を土壌汚染と考え、下水道の整備やごみ処理に取り組んだ衛生学の創始者のひとりといって差し支えないと思うが、あまりそのような取り上げ方はされていない。
彼が取り上げられるのは、自らコレラ菌を飲み、菌がコレラの原因であるかどうか自らの体を用いて検証しようとした、その行為によってである。
それに対してコッホはあまりに有名だろう。結核菌の発見をはじめ、細菌学の父として多くの人が知る細菌学者だ。ノーベル医学生理学賞を受賞し、破傷風抗毒素やペスト菌を発見した日本の細菌学の父、北里柴三郎の師匠でもある。コッホは、ペッテンコーフェルがコレラと闘うさなか、コレラ菌を発見する。