医学的に正しい情報とは…「病態生理学的正しさ」と「疫学的正しさ」の違い
医療は凄まじい勢いで変化しているかに見える。半面、人間は一向に変わっていない。1990年にスタートした「ヒトゲノム計画」を端緒に「ゲノムサイエンス」が進み、それを土台とした「ゲノム情報」を基にした患者の「個別化医療」が勢いを増している。これは集団のデータを個人に当てはめる医療の限界が明らかになりつつあるなかで生まれたため、何か素晴らしい新しい医療が誕生し、人を幸せに導くように見える。
しかし、ゲノム情報もしょせんリスク、確率で表されるにすぎず、一度しかない個別の人生の最適な解など、そもそも存在するかどうかもわからない。医学情報と個人の幸福のギャップはたいして埋まってはいないのである。そんななか、私たちは医療の正しさの意味とその限界を知り、個人の幸せのあり方を改めて考えなければならない。本連載はそのためのものである。
前回、高血圧に対する「正しい情報」の一部について説明した。「ランダム化比較試験で、高血圧を治療することで脳卒中が予防できるという結果が示された」という情報である。これは「医学的に正しい情報」のひとつではあるが、唯一の「正しい情報」ではない。むしろある立場での限られた「正しい情報」に過ぎないといった方がよい。