今、こんな「昭和の街」が大ブーム
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「自由が丘デパート」で食堂とスナックに…おじさんたちの楽園に入ってみると
今どきこんな言い方をしたら怒られるかもしれないが、自由が丘を女・子供の街と思っているおじさんたちは少なくないだろう。街を歩いていても、女子の数は老若問わず圧倒的に多い。 しかし、ここで声を大…
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自由が丘の焼き鳥「かとりや」で蘇る…赤坂ナンバーワン嬢との苦い記憶
1970年代に書かれた田中小実昌さんの映画エッセーを読むと、あの時代まではちょっとした街ならどこにでも名画座があったということにいつも驚いてしまう。 と同時にあらゆる映画を見ていることに感動…
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自由が丘「ほさかや」で外国人青年と同席…鰻丼を我慢して2件の駅近バーへ
アタシがまだ高校生だったころ、自由が丘は日吉からやってくる慶応の学生たち(高校生も)のシマだった。 アタシら都立高校の男子生徒が自由が丘のアンナミラーズで制服姿のウエートレスをよだれを垂らし…
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品川・港南口で熱々の太ったイワシの丸干しをガブリ! 熱燗をグビリはこたえられない
東海道新幹線の品川駅が開業したのが2003年の10月1日。それまでの品川はなんの特徴もない、のっぺりした街だったような気がする。 40年ほど前の昭和のころ、高輪口方面には巨大ホテルとそこに隣…
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そうだ、行こう! 神保町の老舗喫茶店とビアホールで静かに酒を飲む心地よさ
いちごジュースを飲む女子たちであふれる「さぼうる」を出て、次にアタシが向かったのは「ラドリオ」。 ここも路地裏の名店。夜になると酒を飲ませてくれる大人の店。向かいには系列店のミロンガがあった…
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学生時代、神保町「さぼうる」で渡辺えり風のマダムにかけられたハッパの中身
昔ながらの喫茶店でゆっくり時間を過ごすことは、古本を漁った後の楽しみのひとつである。 そんな理由からか神保町には昔から喫茶店が多い。しかし1980年代あたりからテイクアウトができるうまいコー…
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神保町の名店「兵六」店主に尋ねた 40年以上前の思い出“ビール伝説”の真偽は…
大手町界隈に多くの氏子を持つ神田明神は、新年の仕事始めから商売繁盛祈願の大企業関係者で大賑わいとなる。 アタシもこの連載が長く続くことを祈念して参拝。その後、明神男坂を下って秋葉原から上野方…
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熱燗やりながら店のお姉さんと昔話をしようと思ったら…
謹賀新年。といってもこの原稿は昨年末に書いたものです。池波正太郎の銀座日記を読んでいたら、むくむくと銀座に行きたくなってきた。 ただし、夜の銀座ではありません。そっちはもう卒業です。年末の昼…
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イギリス出身の店主が「有楽町ガード下の名店」の3代目を継いだ経緯と苦労
高校の授業をさぼってキネマ旬報各賞の表彰式を見に行ったのは1977年のこと。 高倉健が男優賞を取り、本物の大スターを目の前で見たアタシは俳優になる夢をそこであきらめたのである(ウソ)。「幸福…
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浅草橋「むつみ屋」→「西口やきとん」とはしご酒 脳裏に蘇った金髪姉ちゃんの豪快な笑い声
柳橋側から江戸通りを渡ると浅草橋。アタシら部外者はこの辺りをひっくるめて浅草橋と思っているが、どうも違うようだ。浅草橋は馬喰町、横山町からの問屋文化圏に属する。だいぶ少なくなったが「革ハギレあります…
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行きつけの店で女性に串焼きのうんちくを語った顛末
幸田文の体験を基にした「流れる」が成瀬巳喜男によって映画化されたのは昭和31年。衰退していく花柳界をあでやかな中にもシニカルに描いた傑作だ。舞台になったのは隅田川沿いの柳橋。人間国宝クラスの女優がズ…
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酔ったオヤジの“ジャズ話”を若い女性2人が聞かされる蒲田の風景
JR蒲田駅西口を出て右に行くと線路沿いに飲食店がずらりと並び、その先の工学院通りまでこの辺りは毎晩大賑わいのエリアだった。 「だった」と過去形なのは、その栄光は西口を出て左側の池上線沿いのバー…
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アラ還は1人前で満腹に 昼間から盛り上がる蒲田の名物「羽付き餃子」の歴史
西島三重子の「池上線」がヒットしたのは昭和51年。 当時の池上線は昭和初期の古いタイプで車両は緑色、車内の床は油の染み込んだような木製だった。今では3両編成以外はすべてが新しくなったが、なぜ…
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五反田の名店をはしご…「日南」ではさつま白波のお湯割り&ハラミの切り落とし、蘇る先代との思い出
待ちに待った11月。何を待っていたかって? 牡蠣ですよ、牡蠣! 旬は10月からなんですが、この夏の猛暑でずれ込んだらしく、ほとんどの洋食屋さんは11月から。「カキフライ始めました」の張り紙と…
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古き良き昭和・五反田…オーロラソースがけメンチの後は角打ちで 若者の会話にほくそ笑む
前回の記事を読んだ方から、当時、五反田日活で見たのは何という映画だったかという問い合わせをいただいた。 忘れもしない「悶絶!!どんでん返し」。鬼才・神代辰巳の傑作。主演はSMの女王・谷ナオミ…
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希少価値高まる五反田で「エスニック風の豚スジ煮」とホッピーをぐびり
今回の舞台である五反田は昭和的なエリアが残っている数少ない街のひとつだ。 ここ数年で開発が進んで、でかいビルが乱立。どぶ川といわれていた目黒川は鷺が舞い降りるなど、きれいな川に変身した。昔の…
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昭和31年創業の老舗もつ焼き屋を3代目が継ぐまでの紆余曲折
品川で打ち合わせを終えたアタシは激しく悩んでいた。ときは13時。昼飯のことである。 ガッツリいきたくて朝食を抜いてきたため、品川駅前の「つばめグリル」でハンブルグステーキにグラスビールか、大…
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あふれる冷や酒で甘くなった舌をマティーニで締める
大森は池上通りをはさんで、山王の高級住宅街と大衆的な飲食街に分かれる。山王から馬込にかけて山本周五郎など多くの文士が住んでいたのは有名な話。今日はもちろん飲食街へ。 東口前には飲食街が大きく…
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大井町にはオフとオフ・オフが…ボンカレーの看板を見ながら炭火焼き鳥とホッピーで人心地
ミュージカルの本場ブロードウェーにオフ・ブロードウェーとオフ・オフ・ブロードウェーがあるように、大井町にもオフがある。東小路はオフ大井町、その先に延びている平和小路はさしずめオフ・オフ大井町といった…
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まるで「戦後の闇市」のような大井町の一角でセンベロ 亡き父の若き日を思う
もう30年も前に他界したアタシの親父が高校を卒業して東京に出てきたのが昭和28年。初めて就職した先が大森にある大手電気機器メーカーの下請け会社だった。 茨城出身の親父は東京の仲間から「エバラ…