NY五番街の延伸計画を中止に追い込んだ市民運動家の人生
かつて暮らしたニューヨークは見るからに危険で汚い街だった。通称「ABC通り」の路上は割れた注射器だらけ。キャンディーストアの売り物も駄菓子でなくドラッグだった。しかし、今そこは人気のクラブやレストランが並ぶ高家賃の一帯。空きビルを不法占拠するアーティストたちも出世するか消えるかどちらかの道をたどった。
そんなニューヨークの今昔をしのばせるのが先月末から公開中の「ジェイン・ジェイコブズ~ニューヨーク都市計画革命」である。
一般の知名度は低いが、都市計画の世界でジェイコブズは伝説の女。ニューヨーク州の公共事業局に君臨したロバート・モーゼスに戦いを挑み、一介の市民運動家として五番街の延伸計画を中止に追い込んだ。映画はこの対決の顛末を含む伝記ドキュメンタリー。「シティーライフ」の保持に命を懸けた「市民ジェイン」(原題)を描く。
注意すべきは彼女の説く「シティー」が「おしゃれな都会」ではなく「自然発生の下町」であること。高層ビルとチェーン店満載の商業施設と歩きにくい大街路だらけに改造されつつある現代のトーキョー都心とは正反対の思想なのだ。
ジェイコブズの本と関連書は多数出ているが、やはり主著の「アメリカ大都市の死と生」(山形浩生訳 鹿島出版会 3300円+税)は必読。アジ演説のような彼女の「熱」がよく伝わるし、訳者解説が彼女の反権威とアマチュアリズムの功罪をうまく説き明かしている。映画を見る前に本文を、見終えて解説を読むといい。ネットには補足と訂正を加えた「完全版」もアップされている。
<生井英考>