終わるに終われない人生の暮れ方

公開日: 更新日:

 75歳以上の後期高齢者がもうじき前期高齢者の人口を上回るという。日経新聞の見出しを借りると「重老齢社会」の到来である。いやはや驚いた新語だが、結局現代は老いを毛嫌いしているのだろうか。

 現在公開中の映画「ラッキー」は、老いがテーマだ。主演はかつて「パリ、テキサス」で孤独な中年男を演じたハリー・ディーン・スタントン。あの風采のまま90歳になった彼の朝から物語が始まる。

 ひしゃげた胸、肉のそげた尻。我流の体操とたばこと砂糖たっぷりのコーヒーで一日が始まり、昼はクロスワードパズル、夜は行きつけの酒場でブラッディマリー。道すがら決まった場所でバチあたりの卑語を吐くのも日課。要は偏屈であつかいにくい天涯孤独の老爺の、終わるに終われない人生の暮れ方なのだ。

 この映画の評判が口コミで広まり、封切りから2週間で評判は上り調子らしい。なるほどこの映画のよさは口では説明できないところなのである。

 ところで偏屈者の老いといえば哲学者ショーペンハウアー。ペシミストでキリスト教嫌いの彼は「幸福について 人生論」(橋本文夫訳 新潮社 590円+税)で「若者には憂鬱と悲哀があるが老人にはある種の朗らかさがある。若い人は不安だが老人は平穏」として、老いの衰えは人生を楽にするといった。

 なぜなら90歳を越えれば死の宿命を安息と思えるようになるから。彼自身は72歳で亡くなったが、なるほど現代は加齢を恐怖することでかえって自分を生きづらくしているのだろう。老いの話なのに読後が暗くないのも映画の朗らかさに一脈通じる。    <生井英考>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  2. 2

    米挑戦表明の日本ハム上沢直之がやらかした「痛恨過ぎる悪手」…メジャースカウトが指摘

  3. 3

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  4. 4

    9000人をリストラする日産自動車を“買収”するのは三菱商事か、ホンダなのか?

  5. 5

    巨人「FA3人取り」の痛すぎる人的代償…小林誠司はプロテクト漏れ濃厚、秋広優人は当落線上か

  1. 6

    斎藤元彦氏がまさかの“出戻り”知事復帰…兵庫県職員は「さらなるモンスター化」に戦々恐々

  2. 7

    「結婚願望」語りは予防線?それとも…Snow Man目黒蓮ファンがざわつく「犬」と「1年後」

  3. 8

    石破首相「集合写真」欠席に続き会議でも非礼…スマホいじり、座ったまま他国首脳と挨拶…《相手もカチンとくるで》とSNS

  4. 9

    W杯本番で「背番号10」を着ける森保J戦士は誰?久保建英、堂安律、南野拓実らで競争激化必至

  5. 10

    家族も困惑…阪神ドラ1大山悠輔を襲った“金本血縁”騒動