「結局、ウナギは食べていいのか問題」海部健三氏
夏、土用の丑の季節になると、世にウナギが出回ると同時に、ウナギの危機が叫ばれる。年々ウナギが高騰する一方で、チェーン店で気軽に食べられるようにもなった。実際、ウナギは食べていいのか? 本当に減っているの? 保全生態学を専門とする著者が、わかりやすいQ&A形式で複雑なウナギ事情を教えてくれる。
「危機的状況にあるからといって、食べていけないという規則はどこにもありません。ただ現状を知った上で食べるかどうかは、人によって判断が分かれるでしょう。この本ではその判断材料を提供したいと考えました」
日本に生息するニホンウナギは環境省および国際自然保護連合(IUCN)によって、すでに「絶滅危惧種」に指定されている。ウナギが減った原因のひとつは過剰な漁獲だ。そのため、現在はある「消費上限」が設けられているのだが、実態を知るとその無意味さに驚く。
「2015年から養殖に使うシラスウナギの量は78・8トンまでと制限されましたが、実際に利用されているのはこの半分程度。捕獲不可能なほど過剰な上限が設定されているんです。つまり実質的には捕り放題に近い状態が放置されているわけで、これでは消費抑制にはなりません」
ウナギを増やすために行われてきた「放流」にも、科学的根拠がないことを著者は示していく。
「放流でウナギが増えるかどうかはわかっていない上に、生態系に悪影響を与える可能性が指摘されています。それでも放流がよいこととされているのは、自然に対して手をかけたいという意識が人間にあるからだと思います。でも本当は、何もしないことのほうが大切。人間が与えてしまった悪影響をどれだけ取り除くことができるのかがポイントなんです」
何もしないことが大事、とはいえ著者は、「ウナギを食べない」ことを勧める立場は取らない。
「まず、消費者の行動によって解決する以前に、現在のシステムの修正を通じた解決が必要だからです。先ほど話したように、消費上限を適切な値にするほか、ウナギの成育環境を改善するために出来ることもあります。そのひとつが、不必要な河口堰やダムを取り除くこと。ウナギは海で生まれて川で成長する回遊魚なので、海と川の行き来を妨げる障害物は大きな問題です」
さらに本書は、密漁や密売、密輸が横行する実態を説明した上で、対策は可能だと言う。
「国内の養殖場で今、養殖されているニホンウナギのうち、約半分が違法行為を経ています。違法行為が発覚しやすいシステムを整備し、軽すぎる現在の罰則を改めることが必要です」
もちろん、消費者一人一人がすぐにできることもある。高いウナギと安いウナギ、どちらを選べばいいかなど、ウナギの選び方が具体的に示される。トレーサビリティーを確保したかば焼きを発売するイオン株式会社の画期的な取り組みを知ると、スーパーでの買い方も変わってきそうだ。
「私が不買運動に疑問を抱くのは、世の中を変える方向につながらないような気がしているからです。それではただ、ウナギが見捨てられる結果になるだけのように思うんですね。そういう方向に進むのではなく、社会の仕組みをどうしていくべきかを議論したい。今を取るのか、将来を取るのか。将来をどのくらいのスパンで考えるのか。これは決してウナギだけの問題ではありません」
ウナギという日本の食文化を次世代へつなぐことができるのか。本書には、貴重な資源を持続利用していくために必要な知見が詰まっている。
(岩波書店 1200円+税)
▽かいふ・けんぞう 1973年、東京都生まれ。一橋大学社会学部を卒業後、社会人生活を経て2011年に東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程を修了し、博士(農学)の学位を取得。現在、中央大学法学部准教授。国際自然保護連合(IUCN)ウナギ属魚類専門家グループに所属。専門は保全生態学。