「体感訳 万葉集」上野誠氏

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 新元号・令和が万葉集からとられたことを受け、改めて注目が集まっている万葉集。しかし、実際に読んだことがある人は少ないかもしれない。

「古典で歌集というと難しいイメージを持つかもしれませんが、万葉集は別。洗練されたものと、そうでないものが同居する、非常に面白い歌集なんですよ。古今和歌集がグラニュー糖だとすれば、万葉集はさながら黒砂糖。癖があってにおいもする、生っぽさが魅力のひとつです。しかも歌い手は天皇・貴族から庶民までと幅広い。当時の身分制度社会において、階級や身分の差を歌の世界で乗り越えて、いわばオールジャパンをつくろうとした歌集なんですね」

 8世紀の中葉に成立し、4516首が20巻に収められた万葉集には、宮廷に伝承された行事の歌である雑歌、恋歌である相聞、死にまつわる歌の挽歌などがある。本書はそんな膨大な歌の中から、著者選りすぐりの名歌36を紹介するが、他の万葉集解説と異なるのは、万葉人になりきった“体感訳”で紹介している点だ。

 体感訳とは、歌の意をくみ、その気分を訳すことをいう。ただの現代語訳とも違い、現代人にフィットする言葉を用いるのがユニークだ。

「たとえば『正月が立ち 春がやって来たならば 梅を招きつつ』という正しい訳文を読んでも、ピンとこないと思うんです。これを体感訳で表現すると、『来年もお正月がやってきたらさ、このように梅を主賓として』となり、宴会を楽しんでいる雰囲気が伝わってきませんか? この歌のように万葉集の歌は、思いを素直に詠んでいるんですね。感じたまま、見たままを歌にしているので生活情報も読み取れる。これも他の歌集には見られない点です」

 忌部首黒麻呂が歌った一首(巻8の1556)は、「まだ稲刈りが終わってなくて小屋も片づけてないのに雁が飛んできたよ」という内容で、そこから「刈りの終わり」→「小屋の撤去」→「来雁」という農生活のリズムが見てとれる。

 思いを素直に歌う、という点では性愛の歌もそのひとつだという。

「さし焼かむ 小屋の醜屋に」で始まる歌は、「恋敵の家に火を放ちたい」と攻撃的に歌い、続いて「床で睦み合っている恋人と恋敵を思って(激しい自慰行為に及べば)、ベッドがひしと鳴るまで嘆いてしまう」と赤裸々に歌う。この詠み手は、なんと女性というから驚くばかりだ。

 他にも母系社会で母親の権利が強かったこと、恋人と別れ、任地に赴く役人の悲哀まで、万葉の世界が体感訳によってイキイキと伝わってくる。

「風流な歌がある一方で、なぜわざわざ歌った? と思うようなもの、くすっと笑うものも少なからずあります。たとえば大伴家持は『夏痩せにはウナギが良いですよ、でもウナギを捕ろうとして川に流されるなよ!』と痩せていることをからかった歌を詠んでいます。『くしを作るおばちゃんよ、私はカラタチのいばらを刈って蔵を建てるから、屎は遠くに行ってせい』は、いわばトイレの歌ですね。歌は言葉で切り取った日常世界。スナップ写真であり、見たままをつぶやく点では、万葉集は古代のツイッターともいえますね」

 万葉集の楽しみ方はこれだけにとどまらない。著者は歌を、現代の歌に当てはめてみる面白さを伝える。

「私は万葉集を読むとき、この歌は今の演歌にあたるかな、フォークソングかな、と思いを巡らすんです。『よしゑやし 恋ひじとすれど』で始まる歌は、断ち切れない思いを歌ったもので、まさにシャンソン。万葉の豊かな世界をぜひ味わってほしいですね」

(NHK出版 1300円+税)

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