「ノースウッズ―生命を与える大地」大竹英洋著
ノースウッズとは、北米大陸の北緯45度から60度にかけて広がる世界最大級の原生林の呼称。20億年以上前に形成されたカナダ盾状地と呼ばれる岩盤を北方林が覆い、約1万年前の最後の氷河期によってできた無数の湖が点在することから、北米の湖水地方として知られる。
1995年、日本で絶滅した野生のオオカミを見るため訪れて以来20年、カヌーにテントを積んで何度もこの地を旅してきた著者が、その雄大な自然と野生の動物たちの姿を撮影したネーチャー写真集。
域内は、森と点在する湖からなる湖水地方特有の景観から、世界最北の砂丘アサバスカ砂丘や、塩分を含んだ川の流域一帯に広がる「ソルト・プレーンズ」と呼ばれる荒涼とした大地など、さまざまな表情を見せる。
春、時にマイナス50度にもなる厳しい冬を乗り越えてきた動物たちが、あちらこちらで一斉に活動を始める。森の中では石灰岩の割れ目で越冬していたガーターヘビのオスたちが冬眠から目覚め、メスの出すフェロモンに群がり、固まりをなす。マニトバ州には世界最大のヘビの巣があり、数万匹が一斉に地上に現れるという。
水辺に突き出した岬のような場所では、泳ぎが得意なウッドランド・カリブーが子育てをし、別名ヤマナラシというアスペンの木の上では、冬眠中に生まれたアメリカクロクマの子グマたちが、母グマの帰りを待っている。
他にも、ノースウッズの水辺を象徴する鳥で、その鳴き声は一度聞いたら忘れることはできないというハシグロアビやカナダオオヤマネコ、カラフトフクロウ、そしてオスは体高2メートル、体重1トンを超えるというシンリンバイソンなどの動物たちの姿が、ここが彼らの楽園であることを教えてくれる。
ブラッドベイン川沿いをはじめ、域内のさまざまな場所にピクトグラフと呼ばれる先住民の壁画が残され、人間もまたこの森の一員だったことを伝える。
岩盤の上の土壌は平均して20センチほどしかなく、雨が降らないとすぐに地面が乾燥し落雷による森林火災が頻繁に発生する。
ジャックパインは、それを想定済みで硬い樹脂にコーティングされた松ぼっくりはセ氏50度以上になるとかさが開き中の種子をまくようになっている。森林火災によって世代交代を果たすシステムが出来上がっているのだ。
短い夏と秋が過ぎ動物たちが冬支度を始める10月から11月の半ばまで、森林限界近く、ハドソン湾を望むチャーチルの町近郊にはホッキョクグマたちが集まってくる(写真④)。主食のアザラシを狩るためにハドソン湾が結氷するのを待っているのだ。ホッキョクグマたちは、7月に海の氷がとけてからほとんど何も口にしていないという。
そして再びの春、冬の間に巣穴で生まれたホッキョクグマの子どもたちが初めて地上に現れる。まだ雪深い大地を母子でハドソン湾を目指して旅が始まる。
カヌーと徒歩、そしてある時は雪ぞりをひき、湖と森がつくり出す知られざる大自然の奥深くまで入り込んで撮影された作品の数々に心が震える。
(クレヴィス 2500円+税)