「義理と人情の経済学」山村英司著
立ち食いそばチェーンの「名代富士そば」は従業員の貢献以上の給料を支払い、アルバイトにもボーナスを支給するという。そんなことをすれば人件費が高騰して経営を圧迫するというのが経済学の常識だ。ところが実際には、並はずれて人間を大切にする会社に対して「義理」を果たすため、社員はヤル気満々で働く。人間は必ずしも合理的な行動をするわけではなく、そこには心理的な要因が大きく関わっている。
そうした人間行動を観察することで経済現象を実証的にとらえようとするのが行動経済学だ。本書は義理と人情をキーワードに行動経済学的思考を平易に解説している。
同じ映画を見た場合、通常は最初に見たときの感動が最大で、二度三度とくり返すうちに感動は薄れる。18年末に封切られた「ボヘミアン・ラプソディ」を見た著者は2回目により大きな感動を覚えた。著者だけでなく、映画は多くのリピーターを生み、社会現象になった。なぜか。フレディ・マーキュリーの歌と生涯に感動した人は、感動を共有するために他の人に伝え、その人がまた……というように共感の輪が広がっていく。そこに形成されるのは物質的な利益にとらわれない人間同士の信頼だ。この信頼関係が形成されると人々の取引が活発化し富が生まれる。その富が社会に行き渡り、さらなる共感を生むという循環ができる。
こうした「善循環」のモデルがコロンビアの首都ボゴタだ。かつて世界3大危険都市と恐れられていたこの街が美しい観光都市へと変身を遂げた。新市長が着任早々やったのは街中にパントマイムをする人を配置したこと。彼らが信号無視や交通違反する人たちの一挙手一投足を物真似してからかう。そうすると真似された人たちは恥ずかしがり、事故や違反が激減した。パントマイムにより人々の共感を呼び起こし、幸福度を高めていったのだ。
コロナ禍による大規模な経済不況が懸念される現在、何より必要なのは、他者との共感をいかに高めていくかを考える「人情経済学」だということを教えてくれる。 <狸>
(東洋経済新報社 1800円+税)